2012年06月

Pista di montagna 「スノーカントリートレイル体験ハイク~日本百名山・巻機山」

6月23日、24日、2012年度スノーカントリートレイル体験ハイク第2段、「日本百名山・巻機山」を行いました。
23日、24日共に天気は晴天、梅雨のこの時期に、こんな2日続けての晴天は強運としか言えないと思います。
23日は午後4時に新潟県南魚沼市清水にある「山の宿 “雲天”」に集合して、顔合わせと懇親会を行い、親睦を深めました。
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   (「山の宿 “雲天”」とても立派な木造の建物で、名物は近くで採れる山菜料理とご主人の熊との格闘話)

「山の宿 “雲天”」は山菜料理で有名で、様々な種類の山菜料理が次から次へと出てきて、新潟県産コシヒカリやアユの塩焼き等と合わせて大満足の夕食でした。
夕食後は囲炉裏のある部屋に移動して、実際に囲炉裏に火を入れ、その周りで火を囲んでの談笑。
次の日の朝も早かったのですが、23時近くまで楽しい時間を過ごしました。
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(囲炉裏のある部屋での談笑。火を囲んで楽しい時間を過ごしました。後ろの熊の毛皮はご主人が仕留めた物です)

24日は午前5時に車で宿を出発。
登山道の手前、ギリギリの所にある駐車場に車を停めて、午前5時30分に登山を開始しました。
流石は日本百名山の一つ「巻機山」、駐車場には沢山の車が既に停まっていて、県外ナンバーも多数停まっていました。
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(頂上直下の湿地帯では水たまりの中にカエルの卵を発見。景色や植物だけでなくそういう発見も楽しみの一つ)

登山ルートは最もメジャーな“井戸尾根ルート”。
所々ぬかるんでいる場所はありましたが、ルート上に残雪は全く無く、終始快適に歩く事が出来ました。
参加者の皆さんはとても元気で、登山は至って順調に進み、予定時間よりも早く日本百名山“巻機山”の頂に立つ事が出来ました。
巻機山の山頂に到着した際も天候は晴天、360度のパノラマを存分に楽しみました。
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(予定よりも早く巻機山山頂に到着。山頂に立つだけが登山ではありませんが、やっぱり頂上は気持ちがいいです)

その後、少し足を延ばして牛ヶ岳の山頂まで行き、そこで昼食のおにぎりを食べました。
以前、ブログで、昔はその牛ヶ岳と大水上山という山を結ぶ稜線のルートが存在したと書きましたが、そのルートをいずれ復活させたいと願う僕としては、参加者の皆さんに実際にその“幻の縦走ルート”が存在した稜線を見ていただきたかったので、相変わらず良い天気が続く中、全員で、その“幻の縦走ルート”をはっきり望む事が出来、本当に良かったです。
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 (巻機山山頂からの下り。綺麗な景色を見つつ、良く整備された登山道を気持ち良く下山する事が出来ました)

下山も至って順調で、綺麗なブナ林や眼下に広がる壮大なパノラマを楽しみながら、大きなトラブルなく全員無事にスタート地点の駐車場まで戻って来れました。
上りでは見えなかった景色が下りでは見えたりして、そういう所も山の楽しみの一つだと再認識しました。
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(5合目付近に広がる見事なブナ林。優しい太陽の光と気持ちいい風が吹き抜ける綺麗なブナ林の中を通過します)

今回の体験ハイクも最高の天候に恵まれ、最高に楽しいツアーでした。
参加者の「晴れ男」「晴れ女」の皆さん本当にありがとうございました。
次は少し間が空きますが、8月28日、29日、30日にスノーカントリートレイル体験ハイク第3弾「十字峡~兎岳~銀山平」を行う予定です。
興味のある方は是非一度「スノーカントリートレイル」のホームページを覗いてみて下さい。

2012年6月28日 倉田文裕

Punto iniziale 「トレランとの出会い」

僕のトレラン初レースは6年前(2006年)の「第14回日本山岳耐久レース」でした。
その前までトレランのレースはおろか、ロードレースにも出た事も無かった僕ですが、そもそもトレランを始めようと思ったキッカケは健康維持の為に始めたジョギングでした。
僕の実家の近くには2つの大きな公園があって、その2つの公園を両方走ろうと思ったら、その2つの公園を結ぶトレイルを走る必要がありました。
僕はその当時、まだ「トレイルランニング」という言葉すら知らなかったのですが、雑誌で偶々そういうスポーツがあるという事を知り、「近くにトレイルもあるし、楽しそうだからやってみようかな」という軽い気持ちでトレランを始めました。
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 (「OSJハコネ50K」。このレースには、まだ知り合う前でしたが、僕の師匠の田中正人さんも出場していました)

そして、生まれて初めて出場したレースが無謀にも総距離71.5kmのロングレース「日本山岳耐久レース」だった訳です。
当然の如く結果は散々、当時夜勤の仕事をしていた僕は前日の夜、ほぼ一睡もできないまま当日のスタートを迎え、レースの夜は睡魔と闘うだけでも大変でした。
加えて膝痛と脱水症状にも見舞われ、完全に心が折れてしまい、何度もリタイヤしようと考えましたが、休み、休み前に進んで、何とかゴールする事だけは出来ました。
「もうこんな苦しいレースは絶対に出ない」とゴール直後は心に決めていましたが、次の日になると「もっと出来たはず」という思いが強くなり、「来年も出よう」という気持ちに変わっていました。
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  (自身2度目の日本山岳耐久レース。「もっと出来たはず」という思いから前年度の反省を活かして走りました)

次の年(2007年)は「第15回日本山岳耐久レース」以外にも幾つかのレースに出場しました。
「青梅高水山トレイルラン」や今となっては伝説のレース「エンデュランスランOSJハコネ50K」、「Madarao Forest Torails 50km」と3つのレースに出場したのち「第15回日本山岳耐久レース」を走りました。
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  (撮影拒否をしている訳ではありません。ライトが強すぎて足元が見難かったので光を遮っているだけです)

2008年は「星の郷八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン(71kmの部)」、「OSJおんたけウルトラトレイル100km」と「第16回日本山岳耐久レース」の3レースを走りました。
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  (3度目の日本山岳耐久レース。この年の11月、イーストウインドに入る為の面接を受けに水上に行きました)

イーストウインドのトレーニング生になった2009年はイーストウインドのトレーニングとカッパCLUBでのラフティングトレーニングが忙しく、4月から9月まで他のレースには出れませんでしたが「第17回日本山岳耐久レース」には何とか出場する事が出来ました。
トレーニングが思い通りに出来ない中での出場だったので、心身ともに不安だらけだったのですが、カッパCLUBの先輩ガイドに「肉体的にはトレーニング不足かもしれないけど、カッパCLUBでのトレーニングで精神的に強くなっているから大丈夫だよ」と言っていただき、僕はその言葉に助けられ、とても勇気づけられた事を思い出します。
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    (トレーニング不足からフィジカル的には不安でしたが、メンタル的には強くなれた事を実感したレース)

2010年は春にラフティングトレーニング中、左膝内側側副靭帯損傷というケガをしてしまい、4月から9月のレースには出場が来ませんでしたが、「第18回日本山岳耐久レース」と「裏磐梯山岳耐久レース」の2レースを走りました。
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 (初めて次の年の招待選手圏内【20位以内】の12位に入った2010年のレース。今年は更に上を目指します)

昨年(2011年)は11月の頭にアドベンチャーレースの世界選手権がタスマニアであり、「第19回日本山岳耐久レース」はその直前であったため不参加、「八海山登山マラソン大会」と「美ヶ原トレイルラン&ウォーク in 長和」、「鋸山アドベンチャーフェスタ&トレイルランレース」の3つのレースに出場しました。
今年はここまで「第1回日本百名山・両神山麓トレイルラン」と「第1回新緑の奥武蔵もろやまトレイルラン」の2戦に参戦し、あと何レースか走った後、10月の「第20回日本山岳耐久レース」に出場予定です。
昨年は走れなかった「日本山岳耐久レース」で昨年の分も今年のレースで出し切りたいと思います。

2012年6月25日 倉田文裕

Fotografia interessante di Patagonia Ⅱ「要解説写真 第2弾」

前回「要解説写真」の第1弾でパタゴニアの写真を何枚か紹介しましたが、今回は「レースと友情」をテーマに何枚かパタゴニアの写真を紹介したいと思います。
今回の写真は全て昨年の「パタゴニア・エクスペディション・レース 2011」の時のもので、NHKでも放送された“あの”レースの時の写真です。
「イーストウインド」のキャプテン田中正人さんの奥様、すーさんのブログでも紹介されていましたが、このレースのトレッキングセクションで、地元で雑誌の編集長をやっているイグナシオという青年とかなりの時間行動を共にしました。
彼は絵に描いた様な「良い奴」で、自分の大切な食料を「食べる?」と軽い感じで、僕たちにチョコレートやポテトチップスを分け与えてくれました。
ただ、後先考えずに僕たちに食料を分け与えた結果、最終的に自分の食料が足りなくなってしまい、結局僕らから貰う羽目になっていました。
そんなところも含めて憎めない「良い奴」イグナシオ君がこのレースでのイーストウインドのムードメーカーであった事は間違いありません。
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  (柿ピーのわさび味をあげると、相当気に入ったらしく、相当量の柿ピーわさび味を彼に巻き上げられました)

悪天候でトレッキングセクションが短縮され、次のセクションまで主催者が用意した船で移動したときもイグナシオ君は一緒でした。
その船の中で、彼は田中さんと陽希くんに「俺をイーストウインドのチームメンバーにどうだ?」と聞いたそうです。
彼の発言が冗談だと知りながらも、田中さんと陽希くんは声を合わせて真剣に「No thank you !!」と言って断ったそうです。
本当に憎めない「良い奴」イグナシオ君です。
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(船での移動中、すっかりイーストウインドに馴染んでしまっているイグナシオ君。でも答えは…「No thank you!!」)

先ほどトレッキングセクションが悪天候の影響で短縮されたと書きましたが、アドベンチャーレースが中断するほどの悪天候ですから、それは相当な悪天候だった訳ですが、その悪天候の中を道なき道を藪漕ぎをして進んできた選手達のレインウェアはボロボロになっていました。
僕たちは運良く替えのレインウェア(新品)を手に入れる事が出来たので良かったのですが、一緒にその場にいたポーランドチームは替えを持っていなかったので、ボロボロの穴だらけのレインウェアのまま寒さと戦っていました。
僕らの使用していたレインウェアは彼らのそれほどボロボロになっていなかったので、そのレインウェアを彼らに渡すことにしました。
こうして僕たち4人とポーランドチーム4人の計8人が同じレインウェアを着ているという不思議な光景が出来上がりました。
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(「イーストウインド・ジャパン」と「イーストウインド・ポーランド」による集合写真。国際色豊かな幻のイーストウインド)

今でも柿ピーわさび味を見るとイグナシオ君の事を思い出します。
今年の2月も彼に会えることを楽しみにパタゴニアに向かいましたが、残念ながら彼の姿はありませんでした。
彼との出会いもそうですが、アドベンチャーレースは素晴らしい経験と素敵な出会いを僕にもたらしてくれました。
今度は「良い奴」イグナシオ君に日本に来てもらって、新鮮な柿ピーわさび味をここ日本で味わってもらいたいなと思います。

2012年6月21日 倉田文裕

Fotografia interessante di Patagonia 「要解説写真」

アドベンチャーレースでは舞台が大自然なので、プロのアウトドアカメラマンでもレースの最初から最後まで一つのチームに張り付く事は難しく、撮影の出来ない場所や状況が必ずあります。
そういう場面では田中(正人)さんと(田中)陽希くんが携帯しているデジタルカメラでメンバーや景色などの写真や動画を撮り、それを報告会やチームのホームページ、雑誌等に使用して役立てています。
それらの写真の中には面白い写真なのだけれども日の目を見ないものも沢山あります。

2010年のレースでは水を補給する事にそれほど苦労しませんでした。
それはコース上に水を汲める沢が至る所に合った事と、それらの水が浄化剤を使う必要が全くないほど綺麗な水であったからで、最初はわざわざハイドレーションに水を入れていましたが、途中からは面倒臭くなって柿ピーやシリアルを入れていた口広なペットボトルに汲んで飲んでいました。
最終的には小川の上に四つん這いになって直接顔を突っ込んで美味しい水を飲みました。
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      (二日酔いで吐いている訳ではありません。パタゴニアの美味しい水を全力で飲んでいます)

今年のレースではCP(チェックポイント)に到着した時に、自分たちの順位や前のチームとのタイム差をスタッフに聞いても教えてくれないことが多々ありました。
そこで我々は何とかして情報を得ようと努力する訳ですが、スタッフも中々口を割りません。
口を割らないなら直接この目で盗み見てやろうと思い、スタッフが他のメンバーとの会話に気を取られている隙に高い所から覗き込んで順位だけでも見てやろうと努力しました。
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  (スタッフが僕たちの順位を教えてくれなかったので上から覗き込んで何位なのかを盗み見ようとしています)

レース後に、メンバーが撮った写真を見てレースを振り返っていると、偶に「んっ?」と思う写真に遭遇します。
「これはどういう意図があって撮った写真なんだろうか?」とその時は思うのですが、よくよくその写真を見ていると「あ~そういうことかぁ」と意図に気付かされ、楽しくなります。
特に陽希くんの撮った写真には遊び心溢れるものが多く、テント内で眠る僕の何気ない写真もよくよく見るとサングラスに陽希くんの姿が映っていて、レンズ越しに自分の姿を撮影しようとした遊び心が感じられます。
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      (アイマスク的にサングラスをかけながら眠る僕。良く見るとレンズに映る陽希君の姿があります)

ウェブや雑誌、報告会で使われる写真はごく一部で、他の写真は紹介もされないままお蔵入りしてしまいます。
それでは勿体ないので僕のブログで少しでも紹介できたらいいなと思います。

2012年6月18日 倉田文裕

Mia macchina 「功労車」

先日、UTMF(ULTRA-TRAIL Mt. FUJI)のスタッフとして、4日間静岡に滞在しました。
その滞在中、昼食を買うためにコンビニに立ち寄った際、ふとオドメーターに目をやると丁度“50,000km”になっていました。

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(実家のある松本市とみなかみ町の移動、三浦半島や富士山、成田空港など、こいつと様々な土地に行きました)

僕は「スズキ・エブリイ」の中古車に乗っているのですが、2009年12月にこの車を購入した際、走行距離は20,000kmちょっとだったので2年半で30,000km位走った事になります。
3年前のカッパCLUBイーストウインド1年目の時、僕はまだ車に乗っておらず、ヤマハのビックスクーター「MAXAM」に乗っていました。
みなかみに来る前、僕は長野県松本市に住んでいたのですが、松本の冬は雪は降るけれども大抵の場合次の日には溶けてしまうので、バイクでも問題ありませんでした。
しかし、みなかみの冬を考えるとそういう訳にはいかないので、バイクを売って今の車を買う事にしました。
加えて車が必要になった理由がもう一つあります。
それはアドベンチャーレースをやっていると、MTBやその他沢山の装備を自分で運ばねばならず、それらを積める車が必要で、そういう意味で今乗っている軽バンが最適な車だったの僕はこの車を選びました。
後部座席を折り畳んでフラットにすればMTBはタイヤを取り外す事無く積めますし、マットとシュラフを敷いて寝れば、足を伸ばして眠ることも可能です。
なのでトレランレースの受付時間が朝早い時などは、明け方、家を出発するよりも、前日に家を出発し、レース会場の近くで車中泊をしてレースに臨む方が楽な場合が多いので、そういう時は広い後部座席部分のスペースを最大限に利用してマット&シュラフで眠るようにしています。

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 (ボディーは小さいですが、後部座席部分の収容能力は非常に優秀です。ぶっ壊れるまで一緒に頑張りましょう)

如何せん型が古いので、燃費の方も良いとは言えませんし、高速道路を走るのもキツイですが、既にこの車にかなりの愛着度が湧いてしまっているので、僕のもう一つ足として、もうしばらく頑張ってもらおうと思います。
でも、今でもバイクに乗っている人を見ると、「あ~売らなければよかったかなぁ」と思う事があります。
この功労“車”を乗り潰したとき、次にまた軽バンを買うのか、はたまたバイクに戻るのか、迷いに迷いそうです。

2012年6月14日 倉田文裕
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