僕の人生で最もお世話になっている人物、それは間違いなく自分の両親ですが、僕には両親と同じ位お世話になっている人がいます。
その人は群馬県みなかみ町でアウトドアツアー会社カッパCLUBを経営されている小橋研二さんです。
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(この写真は昨年SCTを一周した際休憩中に撮っていただいた貴重な一枚です。マリッペさんありがとうございます)

僕がイーストウインドに入る為にみなかみ町へとやって来た時からずっとお世話になっているのですが、この方の存在なしにアドベンチャーレーサーとしての自分も、リバーガイドとしての自分も、トレイルランナーとしての自分もありえません。
その人生の恩人とも言うべき方が10月28日午後6時50分に北海道にて交通事故で急逝いたしました。
もうこの世に小橋社長がいないという事が未だに信じられませんが、天国にいる小橋社長も自分の意志を引き継いで前だけを見て走り続けて欲しいと願っていると思うので、“小橋イズム”を自分なりに継承し、自分の夢の実現が、結果、小橋社長の夢の実現になるように頑張って行ければいいなと思います。
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(昨年カッパCLUBのツアーで谷川岳の山頂まで行った時に撮った写真です。社長の笑顔が全てを物語っています)

僕が小橋社長と初めて会ったのは2008年11月にカッパCLUBで行われたイーストウインドのトレーニング生面接の時でした。
そして、2009年の4月からみなかみ町での生活が始まったのですが、みなかみに来てすぐに小橋社長と奥様、そしてお嬢さまに連れて行っていただいた夕食の事は今でも鮮明に覚えています。
2009年はイーストウインド一年目、カッパCLUBでも一年目という事で色んな意味で余裕がなく、精神的にも肉体的にも厳しい一年でしたが、時々小橋社長が調査を兼ねて山に連れて行って下さり、それが良いリフレッシュとなって、結果イーストウインドもカッパCLUBもどちらも辞めずに続ける事が出来たのだと思っています。
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(利根川の水源碑がある大水上山の雪原で雪を溶かして淹れたコーヒーで乾杯をする小橋社長とガイドのイタル君)

小橋社長とは谷川岳や巻機山、中ノ岳など色々な山に一緒に登らせていただきましたが、その中でも最も印象的な登山は2009年に利根川の水源碑がある大水上山に2人で登った時の事でした。
小橋社長はその大水上山の山頂近くにある、利根川の一滴目が生まれる雪原の雪を沸かしてお茶を入れて下さり、僕に振る舞って下さったのですが、その時のお茶が美味しかった事以上に、小橋社長とその場所で、同じ時間を共有出来たという事が僕にとっては非常に嬉しい事でした。
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(日本のアドベンチャーレース界を牽引するイーストウインドの活動も小橋社長の協力なしには有り得ません)

僕は2009年の4月から2012年の3月までの約3年間をイーストウインドのメンバーとして過ごしましたが、その3年間で4回の海外レースを経験させていただきました。
マイナースポーツであるアドベンチャーレースのいちチームが海外レースに出場するという事は非常に大変な事で、理解ある協力者の存在が不可欠です。
イーストウインドがイーストウインドでいられるのは小橋社長の協力によるところが非常に大きく、小橋社長の存在なくして、このチームの活動自体も有り得ないと言っても過言ではありません。
また、先日、長野県・新潟県で行われたX-Adventureをはじめとする国内のアドベンチャーレースの開催にも、小橋社長はお力を貸して下さっており、ラフティングの関係者だけでなく、アドベンチャーレースの関係者も小橋社長には大変お世話になっていました。
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(小橋社長とコイズ君、僕の3人でルートチェックの為トレイルを走った時、山ビルにやられ仲良く血を吸われました)

僕は2011年11月、翌年2月に行われた「パタゴニアンエクスペディションレース2012」への出場を最後にイーストウインドを辞める事を決意しました。
小橋社長にはすぐにその旨を伝えましたが、笑顔で「頑張って」と言って下さいました。
正直、理解を示していただけるとは思ってはいましたが、やはりどういう反応が返ってくるのか、とても不安だったので、その返答が非常に嬉しかった事を覚えています。
イーストウインドを辞めるという事も含めて、僕は小橋社長に色々と厄介な相談をしてきましたが、小橋社長は僕のどんな相談に対しても、決して「No」とは言わず、僕の考えを尊重して下さり、「やってみればいいじゃん」、「頑張って」といつも背中を押して下さりました。
この小橋社長の“尊重”と“優しさ”が無ければここまでやってくる事は出来ませんでした。
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(今年1月に行われたスノーカントリートレイルの事業説明会。小橋社長はこの事業で実行委員長を務めていました)

今年から本格始動したスノーカントリートレイルの事業も小橋社長が実行委員長を務め、僕自身も小橋社長からお誘いをいただき、昨年から本格的にかかわらせていただいていました。
この3県7市町村をトレイルで結ぼうという壮大なプロジェクトの実現は、小橋社長と田中正人さんの長年の悲願であり、小橋社長は「来年は必ずスノーカントリートレイルのルートを一周する」と仰っていました。
しかし、残念ながらその願いは叶える事が出来なかったので、来年、代わりに僕が小橋社長の思いを胸にルートを一周出来ればいいなと思っています。
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(小橋社長、これからその偉大な背中を追いかけて走り続けたいと思います。今まで本当にありがとうございました)

僕が小橋社長におかけしたご迷惑の数だけ恩返しをしようと思ったら、果たして何年かかるのかわかりませんが、僕は僕らしく、一つ一つ、コツコツと恩返しをしていければいいなと思っています。
小橋社長はこれからも変わらず僕の遥か前を走り続けてくれると思います。
僕はその偉大な背中を追いかけて、追い付き追い越せるその日まで走り続けたいと思います。
小橋社長、今まで本当にありがとうございました。

2013年11月4日 倉田文裕