2013年12月

Conclusione 「2013年を振り返って」

今年、2013年は僕にとって非常に浮き沈みの大きい激動の一年となりました。
全ては3月初旬に自分の不注意により左手首の骨にヒビが入るケガ(左橈骨遠位端骨折)をしてしまった事から始まるのですが、その後も仕事面でも、生活面でも沢山の出来事があり、トレーニングもレース結果も非常にむらのある一年であったなと思います。
今年、僕が最も多くの時間を割いたは「スノーカントリートレイル」の準備だったのですが、8月3日のスルーハイクイベントのスタートに向け、数ヶ月前から多くの時間をこの事に費やし、6月中旬から8月の中旬にかけての約2か月間はブログを書く暇もない状態で、オープニングイベントの一週間くらい前からは久しぶりに“寝る間を惜しんでの生活”というモノを味わいました。
9月に入りようやく少し落ち着き、少しずつトレーニングが出来るようになってきましたが、たかだか1ヶ月程度の準備で通用するほど今のトレイルランニングの世界は甘くなく、当然の事ながら10月のレースでは苦汁をなめる結果となってしまいました。
ただ、どんな結果に終わっても、出場したレースから得るもの、今後に活かすべきものが必ずあると思うので、今年も年始に決めた「目標」に対して結果はどうだったのか、また、「内容」はどうだったのかを順を追って振り返ってみたいと思います。


第2回 新緑の奥武蔵もろやまトレイルラン 目標:5位以内 結果:5位

日時 2013年5月11日(土)
種目 20.5km男子18歳~39歳
タイム 1:52’09
順位 5位

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(優勝に絡む事も出来ず平凡な順位でのゴールでしたが、無事にゴール出来た事にホッとし自然と笑顔になりました)

今年のレース初戦は、3月のアタマにケガをして、4月18日にようやくギブスが取れ、まだリハビリに通っている状態で臨んだレースだったので、レースの一週間前まで、出場しようかどうしようか正直迷っていました。
ただ、昨年11月のレース以降半年近くレースに出ていなかったので、レース勘を取り戻すという事を最大の目的にして、結果は気にせずこのレースに出場する事を決めました。
まだ左手首はリハビリの最中で、転んで手を着く訳にはいかなかったので、下りは特に慎重に走る必要があり、結果は5位という平凡なものになってしまいましたが、半年ぶりのレース、そしてケガをして初のレースを何事もなく、無事に完走出来た事にホッとしました。


☆ 第1回 飯能アルプス~奥武蔵丸山スーパートレイルラン 目標:3位以内 結果:2位

日時 2012年5月26日(日)
種目 37km男子18歳~39歳
タイム 4:48’07
順位 2位
男子順位 2位
総合順位 2位

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全長37kmのコースの83.24%がトレイルという素晴らしいコースを堪能して大満足でゴールまで帰ってきました)

今シーズン2戦目は初戦の「第2回新緑の奥武蔵もろやまトレイルラン」から中2週、「第1回飯能アルプス~奥武蔵丸山スーパートレイルラン」に出場しました。
このレースはスタート直後とゴール手前の舗装路以外はほぼトレイルで、全長37kmのコースの83.24%がトレイルという「これぞトレイルランニング」という感じの素晴らしいコースでした。
レースは序盤で2位まで順位を上げ、自ら潰れる事がない様、無理の無いペースで進めました。
トップとの差は、大高山でも、伊豆ヶ岳でも、丸山でも約3分で縮まらず、最後は更に差を広げられてしまい、最後まで追いつく事が出来ませんでした。
このレース前、トレーニングで走っていても手応えがなく、どうしたらケガをする前の自分を取り戻せるのかと本気で悩んでいましたが、このレースを走る事で吹っ切れました。
久しぶりにトレイルらしいトレイルを走り切れたという満足感もあり、順位はあまり気になりませんでした。


☆ 第3回 美ヶ原トレイルラン&ウォーク in ながわ 目標:1位 結果:10位

日時 2013年8月31日(土)
種目 70kmの部
タイム 9:39’48
総合順位 10位
男女別順位 10位
年代別順位 4位

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 (結果も内容も散々で、良い所を探す方が難しいレースでしたが、何とか完走という最低限の目標は果たせました)

5月に2つのレースに出場し、その後、このレースを前に6月に2レース、7月に1レースに出場を予定していましたが、8月3日にオープニングイベントを行った「スノーカントリートレイル」の準備等が忙しく、出場が出来ず、約3ヵ月ぶりのレースとなってしまいました。
「美ヶ原トレイルラン&ウォーク in ながわ」は今年で3回目の出場で、昨年、一昨年と2位という結果だったので、年始にたてた今年のこのレースの目標は優勝でしたが、3月のケガから5月の2つのレースを経て、少しずつ勘と身体が戻ってきたところで、またトレーニング不足に陥ってしまい、到底優勝など狙える状態ではなかったので、完走する事を目標にこのレースに出場しました。
ゴールタイムは昨年のそれよりも約1時間遅く、良い所を探す方が難しいレースで、ここ数年のレースの中で最も情けなさを感じるレースとなってしまいましたが、唯一悪くないと思った点は完走する事が出来たという事だと思います。


☆ 裏磐梯山岳耐久レース2013 目標:1位 結果:1位

日時 2013年9月28日(土)
種目 男子ショート21.4km
タイム 2:10’27
男子順位 1位
総合順位 1位

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(今年もスタッフの皆様のお陰で気持ち良く走る事が出来ました。レースに携わった全ての皆様に感謝申し上げます)

昨年までこのレースは11月のアタマに開催されていたので、ハセツネの後にシーズンの締めとして出場していましたが、今年は9月の終わり、ハセツネの2週間前の開催だったので、調整と言う位置づけで出場しました。
今年はロングコース(68.9km)とショートコース(21.4km)の2つの距離を選べたのですが、2週間後に70km超のレース控えている中、68.9kmの距離を走る事に不安があったので、21.4kmのショートコースの方に出場する事にしました。
このレースでは「今の自分の状態を知る為に脚と心臓をいじめる」というテーマを掲げ、とにかく最初から最後まで出来るだけトバすという事を意識しました。
レースを振り返ると、70kmのレースを戦える身体ではないなという感触で、脚も心臓も昨年の自分より弱いと感じました。
ただ、こればっかりは数ヶ月のトレーニングの積み重ねで強くしていくもので、1週間やそこらで何とかなるものではないので、ハセツネは“身体が弱いなら気持ちを強く”という意識で頑張らなければいけないと思いました。


☆ 第21回 日本山岳耐久レース 長谷川恒夫CUP 目標:10位以内 結果:第二関門 DNF

日時 2013年10月13日(日)、14日(祝)
種目 男子総合
タイム 第二関門 DNF
順位 記録なし

2013 日本山岳耐久レース①
(予備関門の入山峠の手前。今熊山へと向かう登りで「対昨年の自分」から「対今の自分」に気持ちを切替えました)

今回でハセツネは7回目の出場でしたが、初めて途中棄権という結果に終わり、過去最も不完全燃焼なレースになってしまいましたが、正直、この時の自分にピッタリの結果が出て良かったと思いました。
とにかく完全なトレーニング不足で、70kmを戦える身体ではない事は自分でも良くわかっていたので、変に中途半端な結果を残して、勘違いをしてしまうよりは、よっぽど良かったのではないかと思います。
レース前は何の手応えもないスカスカの状態でしたが、レース後には、今の自分に根本的に足りないモノ、それを得るためにこれからやるべき事、それを得た先に見えてくるモノ、それがハッキリとわかったので、非常に得るモノの大きい、とても価値のあるレースになったと思っています。


こうして振り返ると8月末の「美ヶ原トレイルラン&ウォーク in ながわ」と10月の「日本山岳耐久レース」以外は目標の順位以内でゴールする事ができ、そこまで悪くないように思われますが、僕としてはこの2つのレースでこそ結果が欲しかったので、合格点を与えるには程遠い内容であったなと思います。
こうなってしまった原因は「トレーニング不足」と非常に単純で、そういう状況に陥ってしまった自分に全ての責任があるのですが、自分の納得のいくトレーニングが出来ていて、持っている力を全て出し切れた時には、結果がどうであれ「良いレースでした」と言えると思うので、来年はそう言えるように頑張りたいと思います。
また、「頑張る」という意味では、僕がみなかみ町に来て以来ずっとお世話になっていたカッパCLUBの前代表取締役社長小橋研二さんが、何の恩返しも出来ないまま今年の10月28日に急逝されました。
僕は恩人である小橋研二さんに、アドベンチャーレーサーとしても、トレイルランナーとしても、リバーガイドとしても、何の恩返しも出来ていないので、これからどんな形でも良いので、少しずつ恩返しが出来るように頑張っていきたいと思います。
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                                                      (photo by Koichi Miyagami)

最後に一つ報告させていただきます。
私、倉田文裕は2011年に「パタゴニアン・エクスペディションレース」を通じて知り合った女性と結婚いたしました。
まだまだ未熟な僕ですが、出来る事を一つずつ積み重ねていき、少しずつ成長していきたいと思いますので、これからも変わらぬおつき合い、ご指導を宜しくお願い致します。

2013年12月30日 倉田文裕

Viaggio di excitatory 「興奮の旅 in 八ヶ岳 2013」 日向山登山編

昨年、9月13日、14日に長野県諏訪郡富士見町に行き、八ヶ岳の最高峰“赤岳”に登った時の事をこのブログで書きましたが、今年は北杜市白州町にある「日向山」という魅力的な山に登って来たので、今回はその時の事を書きたいと思います。
この山に登ったのは実は最近ではなく、8月の中旬です。
まず4ヵ月近く経ったこのタイミングでの紹介になってしまった事を一緒に山に登った皆様にお詫びしたいと思います。
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(日向山ハイキングコース「矢立石登山口」。ここまで車で入る事が出来て、車10台程度の駐車スペースがあります)

「日向山」という山は山梨県北杜市にある標高1,660mの山です。
標高1,120mの「矢立石登山口」までは車で行けるので、山頂までは500mちょっと登るだけで到着します。
「矢立石登山口」から山頂へと向かうルートは、矢立石から稜線を登るルートと尾白川林道を進み錦滝付近から雁ヶ原へ直登するルートの2つがありますが、今回は矢立石から稜線を登るルートを歩きました。
尾白川林道を進み錦滝付近から雁ヶ原へ直登するルートがどういうルートなのか歩いていないので良くわかりませんが、ロープや鎖を使って上り下りする場所があったり、大変急な道があるという事だったので、今回は初心者の方やファミリーも安心して歩ける稜線を登るルートを選びました。
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(ハイキングコース脇には写真のような道標が要所要所に設置されており、今自分が何合目にいるかがわかります)

今回の登山には、いつものメンバーに加え、特別ゲストとしてアウトドアフォトグラファーの藤巻翔さんにも参加していただきました。
実はこの登山の前日まで登る山が決まっていなかったのですが、翔さんの一言ですぐにこの「日向山」に登る事が決まりました。
僕はこの山の名前はもちろん、この山の存在すらも知りませんでしたが、昨年と違う、まだ登った事のない山に登れる事にワクワクしていました。
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(キレイに整備された登山道は歩きやすく快適です。日向山雨量観測所の脇を通りすぎると山頂はもうすぐそこです)

「日向山」に登ったこの日が日曜日という事もあり、「矢立石登山口」には沢山の県外ナンバーの車が停まっており、山頂まで向かうまでの間にも沢山の登山者の方と出会いました。
矢立石から稜線を登るルート(ハイキングコース)はとても良く整備されていて歩きやすく、コースの途中には上から2枚目の写真にあるように、わかりやすい道標が要所要所に設置されています。
傾斜は山頂の手前で一度少し下る所があり、その手前まではそれなりの傾斜が続きますが、いわゆる急登は無く、危険箇所もそれほど見当たらないので、初心者の方や家族連れでも安心して歩けると思います。
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(日向山山頂。ここには三角点があるだけで他には何もありません。この山に登る理由、それはここにはありません)

山頂には「矢立石登山口」から歩いて1時間30分ほどで到着します。
ただ、多くの山はその山頂に立つ事、もしくはその山頂から景色を楽しむ事を目的に登ると思いますが、この山の山頂は上の写真を見ていただいてもわかるように三角点がポツンとあるだけで、周りは木々に囲まれ、眺望は決して良いとは言えません。
ではこの山に登る目的は何なのか、それは山頂の先にある「雁ヶ原」という場所にあります。
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 (「雁ヶ原」。花崗岩が風化してできた白い砂は海の砂浜を思わせます。この山に登る理由、それはここにあります)

「雁ヶ原」という場所は山頂から更に5分ほど歩いたところにあるのですが、樹林帯を抜けたところに突如として現れるその“砂浜”のような光景に大抵の方はビックリすると思います。
“山の上にある砂浜”という表現がピッタリかどうかはわかりませんが、僕が目隠しされたままこの場所に連れてこられて、上の写真のような風景を見せられたら、間違いなく「海に来たんだな」と思うと思います。
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(翔さんの粋な計らいで海の砂浜ではなく、山の砂浜でスイカをいただきました。夏山でいただくスイカも最高でした)

“夏”、“砂浜”、“青空”とくればやっぱりスイカという事で、「雁ヶ原」では到着早々に翔さんが用意して下さったスイカをみんなで食べました。
“山の砂浜”でいただくスイカは、海の砂浜でいただくそれとはまた少し違った意味で美味しく、昨年登った八ヶ岳や甲斐駒ケ岳を眺めながらの昼食は最高でした。
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(空の青さと山の緑、「雁ヶ原」の白、どれをとっても見事でした。山が色付く季節にもぜひ訪れたい場所の一つです)

昼食後は「雁ヶ原」の周辺を少し散策しました。
花崗岩が風化して出来た白い砂と巨大な岩が造り出す、ある意味山では少し異様な光景は、山の緑と空の青とのコントラストで、余計にその白が強調され、圧倒的な存在感がありました。
この時は夏真っ盛りで、山はまだ青々としていましたが、秋の紅葉時季、山が色付いた頃に登ったら、どんな景色が広がっているのかなと想像するとそれだけでワクワクしました。
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(有名アウトドアフォトグラファー藤巻翔さんに撮影して貰えるという千載一遇の機会に張り切って走るタイゾーさん)

絶景に見惚れてしまい、どのくらいの時間この「雁ヶ原」にいたのかわかりませんが、そろそろ下山しようかという話をし始めた頃には結構な時間が経っていたと思います。
下りも上り同様、稜線を通るルートで「矢立石登山口」へと向かって歩きましたが、その足取りは皆非常に軽く、順調に下山する事ができ、午後3時頃には無事に登山口へと到着しました。
今回、翔さんにこの「日向山」を紹介していただいたおかげで、「雁ヶ原」の素晴らしい光景とその周辺の素晴らしい景色を臨む事ができました。
本当にありがとうございます。
次に登る山はまだ未定ですが、また来年この周辺で楽しそうな山を見つけて皆で登れたらいいなと思います。

2013年12月25日 倉田文裕

La squadra leggendaria 「Rapid Masters (ラピッドマスターズ)」

前回、11月の下旬にニュージーランドで開催されたラフティング世界大会で見事世界2位に輝いた日本唯一のプロ・ラフティングチーム「テイケイ」の事について書きましたが、今回は同大会のマスタークラスで世界3位に入った「Rapid Masters(ラピッドマスターズ)」というラフティングチームについて書きたいと思います。
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(ラフティング世界大会マスタークラス日本代表の「ラピッドマスターズ」。川の偉大な先輩方が偉業を成し遂げました)

「ラピッドマスターズ」は1999年に結成された国内初のラフティング日本代表チームで、同年南アフリカのオレンジ川で開催された世界大会に初出場しました。
その後、2002年に、テイケイグループによる実業団チーム、「テイケイワークス・ラフティング競技部 チーム・テイケイ」が結成されるまでの間、日本を代表するラフティングチームとして世界を舞台に戦ってきました。
「チーム・テイケイ」の結成と同時に「ラピッドマスターズ」の歴史も一度は幕を下ろしましたが、2012年にニュージーランドで開催されたプレ大会で「マスターズ」という新たなカテゴリーが設けられることが決まり、元メンバーに新たに新メンバーを加えた新チームで「ラピッドマスターズ」が再結成されました。
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(2002年当時の「ラピッドマスターズ」。「テイケイ」前監督の浅野重人さんをはじめ錚々たる顔ぶれが並んでいます)

メンバーはキャプテンの本間 靖雄さん、稲田 勇人さん、宮川 祐二さん、有馬 新さん、貝本 宣弘さん、梅本 徹さんの6名で、有馬新さんは10月下旬に急逝された小橋研二さんの遺志を継ぐ形で11月上旬、世界大会直前に急遽チームに加わりました。
メンバーの皆さんは、“伝説的なラフティングガイド”に、“日本を代表するカヤッカー”と、僕のようなラフティングガイドの端くれからすれば、神レベルの凄いメンバーが揃っており、僕にとっては親近感が湧く身近なチームと言うよりは、気安く声をかける事など許されないチームという感じですが、本間靖雄さんと宮川祐二さん、有馬新さんはみなかみ町のアウトドアツアー会社カッパCLUBで大変お世話になっている大先輩ガイドなので、「ラピッドマスターズ」が再結成された時から陰ながら応援させていただいていました。
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(「みなかみX‐TREAM」では「テイケイ」に次ぐ総合2位で見事世界大会マスターズ部門への出場権を獲得しました)

6月の15、16日に群馬県みなかみ町で行われた「みなかみ X‐TREAM」で、ラフティングチーム「テイケイ」に次ぐ好成績を残し、見事世界大会マスターズ部門の出場権を獲得した「ラピッドマスターズ」ですが、ラフティングチーム「テイケイ」とは違い、プロチームではないので、生活の拠点も仕事もバラバラで、メンバー全員で一緒にトレーニングをする機会も限られてしまう為、出場権を獲得するまでの過程、そして世界3位になるまでの過程には様々な苦労があったのではないかと思いますが、それを微塵も感じさせずに、この短期間で結果を残してしまうこのチームとメンバーの皆さんは本当に凄いなと思いました。
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(1位ニュージーランド、2位チェコ共和国に次ぐ総合3位でラフティング世界大会「マスターズ部門」で見事表彰台に)

ニュージーランドで行われた世界大会での結果は大会初日のスプリント3位、最終日のダウンリバー3位と、2種目で表彰台へと上がり、そして総合でも1位ニュージーランド、2位チェコ共和国に次ぐ、世界の3位に入り、海外の屈強な男たちを相手に日本人ラフターのレベルの高さを証明しました。
僕はこの世界3位という結果はもちろんですが、「ラピッドマスターズ」のメンバーの皆さんが表彰台で小橋研二さんの写真を誇らしく掲げている姿に、日本人の絆の強さみたいなものを感じ、非常に感動しました。
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(「やっぱり日本人っていいな」と感じる表彰式での一枚。小橋研二さんの胸元にもしっかりと銅メダルが輝いてます)

今後、「ラピッドマスターズ」の皆さんがどのような活動をしていくのか僕は存じ上げませんが、これからもラフティングの関係者だけでなく、世の中のマスターズ世代のアスリートに勇気を与える活躍を勝手に期待していきたいと思います。
「ラピッドマスターズ」の皆様、本当におめでとうございました。
そして、沢山の勇気と感動をいただきありがとうございました。

2013年12月19日 倉田文裕

La squadra più forte 「ラフティングチーム・テイケイ」

今、日本には様々なジャンルの世界チャンピオンがいますが、僕の身近にも2010年、2011年と世界選手権を連覇した世界チャンピオンがいます。
その世界チャンピオンとは、日本唯一のプロ・ラフティングチーム「テイケイ」です。
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(日本唯一のプロ・ラフティングチーム「テイケイ」。今や日本だけでなく世界のラフティング界をリードするチームです)

ラフティングチーム・テイケイ」は、2002年12月16日に“レースラフティングで世界一になる為”そして“レースラフティングを国内に普及させる為”に結成されました。
僕はアドベンチャーレースを始める為に群馬県のみなかみ町へとやって来た2009年に、カッパCLUBを拠点としてみなかみ町で合宿をしていた当時の「テイケイ」のメンバーの皆さんと初めてお会いしました。
現在もチームで選手兼任監督として活躍されている池田拓也さんをはじめ、この1年後に世界チャンピオンへと上り詰めるメンバーの皆さんは皆オーラをまとっており、言うまでもなく凄い身体をしていました。
ラフティングガイドをしている方の中にも筋骨隆々な凄い身体をしている人は沢山いますが、「テイケイ」の皆さんの身体はただ大きいだけでなく、強くしなやかで、柔らかい筋肉、いわゆる“魅せる筋肉”ではなく、“使える筋肉”という鎧を身にまとっているという印象を受けました。
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(「Warrior Dash ウォーリアーダッシュ」の東京ドイツ村大会に参戦。身体能力の高さを見せつけ上位を独占しました)

2007年に韓国で行われたラフティング世界大会で3位、2009年にボスニアヘルツェゴビナで行われた同大会で2位と、この時既に世界のトップチームへと上り詰めていた「テイケイ」の皆さんですが、全く驕りはなく、とても謙虚で、アスリートとしてだけでなく、人間としても非常に尊敬できる素晴らしい方達だと感じました。
そんな素晴らしい人間が集まった強いチームが愛されない訳がなく、ラフティングに関わる全ての人達が、このチームを愛していて、僕自身も出会ってすぐにこのチームのファンになりました。
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(「チームの調和を生むには、相手を知る事。目標は一つ、やり方はそれぞれ」池田拓也さんのインタビュー記事より)

今の「ラフティングチーム・テイケイ」のメンバーは選手兼任監督の池田 拓也さん、キャプテンの古川 陽進さん、小泉 聡さん、鈴木 翔太さん、泉山 正大さん、藤川 雄大さんの6名で、11月の下旬にニュージーランドで行われたラフティング世界大会では見事世界2位という結果を残しました。
メンバーの鈴木翔太さんと泉山正大さんはカッパCLUBでの僕の先輩ガイドで、数年前まではラフティングガイドとして一緒に利根川で働いていました。
その鈴木翔太さんと泉山正大さんがこのチームに加入した事で、より「テイケイ」というチームが身近な存在になった気がしましたが、僕にとって規格外のラフティングガイドであった鈴木さんと泉山さんが色々な面で苦労しているという話を知人から聞いた時は、やっぱり世界を連覇しているチームでのトレーニングや生活は半端じゃないんだなと思いました。
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(カッパCLUB出身のアスリート鈴木翔太さんと泉山正大さん。リバーガイドとしてもアスリートとしても尊敬してます)

何のスポーツでもそうですが、プロのアスリートとして活動している限り、常に結果が求められます。
プロのアスリートして活動をした事が無い僕には「テイケイ」の皆さんが感じているプレッシャーの大きさというものを計り知る事は出来ませんが、サポートを受けている身という意味では、ある程度その“プレッシャーの質”みたいなものが僕にもわかるので、そのプレッシャーに負けず、力を出し切り、結果を残している「テイケイ」の皆さんの精神的な強さというは本当に凄いなと思います。
先日、「ラフティングチーム・テイケイ」はチームの存続が決まり、再び世界一奪還のために動き始めました。
僕はこのチームとメンバーの皆さんのファンの一人として、これからも応援し続けると同時に、チームの活躍に良い意味で刺激をいただいて頑張りたいと思います。

2013年12月13日 倉田文裕

Chiudendo 「スノーカントリートレイル・クロージングイベント」

12月6日、群馬県みなかみ町の川古温泉「浜屋旅館」さんにて今年度の「スノーカントリートレイル・クロージングイベント」を行いました。
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(今年9月14日、15日にツアーで清水街道を歩いた時の写真。来年は他の場所でもツアーが出来ればと思います)

スノーカントリートレイルという名前から、これからの雪が降る季節が本番と思われる方もいらっしゃると思いますが、この名前は雪国観光圏の“雪国”という言葉から生まれたモノで、冬の雪のある時期に歩きましょうというトレイルではありませんのでご注意下さい。
この辺りはいわゆる“豪雪地帯”で、冬に大量の積雪があるので、山間部だけでなく平地にも沢山の雪が積もります。
山でのリスクという意味では冬期は夏期のそれよりも何倍も高くなるので、スノーカントリートレイルではスルーハイク期間(今年度は8月3日から11月3日)というものを設けて、比較的安全に歩ける夏から秋にかけての3ヶ月間に「期間限定」で歩いていただきました。
まだ来年度のスルーハイク期間について詳しい事は決まっていませんが、今年度と同じ時期に、同じ期間、スルーハイク期間というのを設けると思いますので、また来年の夏を待って歩いていただきますよう宜しくお願い致します。
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(スノーカントリートレイル実行委員長の小橋研二さん。自然を愛し、自然から愛された、生粋のアウトドアマンでした)

12月6日のクロージングイベントでは、先ず10月に交通事故で亡くなられたスノーカントリートレイルの実行委員長小橋研二さんを偲んで黙祷を捧げ、世界大会の為に残念ながらイベントに参加できなかった副実行委員長の田中正人さんのビデオレターが上映されました。
その後は今年度の活動報告と来年度の予定などについて「浜屋旅館」さんの美味しい食事とお酒をいただきながらざっくばらんに意見交換をしました。
イベントにご参加いただいた方からは「こういう形で協力したい」とか、「こういう事でしたら協力できるので仰って下さい」等の有難いお言葉をいただき、今までもそうですが、来年度以降の活動においても皆様からのお力添えに感謝しつつ、このロングトレイルを発展させていかなければならないなと思いました。
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(三国街道での落ち葉掻き作業。トレイル上にある落ち葉を取り除きヤマビルの被害を少しでも減らす事が目的です)

翌12月7日にはスノーカントリートレイルのルートの一部が通る三国街道においてエコハイクを行い、登山道に降り積もった落ち葉を熊手や竹ぼうきを使って掻く作業を行いました。
この場所で、この時期に、このような作業を行った理由は、ここ数年、この場所で増え続けているヤマビルの数を少しでも減らすためで、ヤマビルの越冬の住処となる落ち葉を登山道から取り除く事で、ヤマビルの被害が少なくなるというデータを参考にして今回このような作業を行いました。
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(作業を終えた登山道はご覧の通りすっかり綺麗になりました。一つ上の写真と比べていただければ良くわかります)

僕自身もこの三国街道では何度かヤマビルにやられていて、その度に「何とかしたい」と思っていましたが、その有効的な手段というものがわからずにいました。
そして色々と調べている中で、この「落ち葉掻き」という作業がヤマビルの被害を軽減させるという意味で有効的だという事を知り、皆さんのお力をお借りしてこの作業を行いました。
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(作業終了後の集合写真。小橋実行委員長が好きだった掛け声で締めました。「お疲れ様でした!エイエイオー!」)

今回は総勢10名で2時間作業を行い、約700mの距離をキレイにしました。
この作業でヤマビルの被害がどれだけ減るのか、正確な数値でハッキリとした結果を得る事は不可能ですが、こういう作業を繰り返し行う事で少しずつデータを積み重ね、少しずつ魅力的なトレイルにしていければ良いなと思います。
6日のクロージングイベント、7日のエコハイクにご参加いただいた皆様、ご協力いただいたカッパCLUBのスタッフの皆様、本当にありがとうございました。
まだまだ未完成で、未成熟のスノーカントリートレイルを魅力的なロングトレイルにする為、これからも皆様のご協力のほど何卒宜しくお願い致します。

2013年12月10日 倉田文裕

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