僕のトレラン初レースは6年前(2006年)の「第14回日本山岳耐久レース」でした。
その前までトレランのレースはおろか、ロードレースにも出た事も無かった僕ですが、そもそもトレランを始めようと思ったキッカケは健康維持の為に始めたジョギングでした。
僕の実家の近くには2つの大きな公園があって、その2つの公園を両方走ろうと思ったら、その2つの公園を結ぶトレイルを走る必要がありました。
僕はその当時、まだ「トレイルランニング」という言葉すら知らなかったのですが、雑誌で偶々そういうスポーツがあるという事を知り、「近くにトレイルもあるし、楽しそうだからやってみようかな」という軽い気持ちでトレランを始めました。
IMG_0002
 (「OSJハコネ50K」。このレースには、まだ知り合う前でしたが、僕の師匠の田中正人さんも出場していました)

そして、生まれて初めて出場したレースが無謀にも総距離71.5kmのロングレース「日本山岳耐久レース」だった訳です。
当然の如く結果は散々、当時夜勤の仕事をしていた僕は前日の夜、ほぼ一睡もできないまま当日のスタートを迎え、レースの夜は睡魔と闘うだけでも大変でした。
加えて膝痛と脱水症状にも見舞われ、完全に心が折れてしまい、何度もリタイヤしようと考えましたが、休み、休み前に進んで、何とかゴールする事だけは出来ました。
「もうこんな苦しいレースは絶対に出ない」とゴール直後は心に決めていましたが、次の日になると「もっと出来たはず」という思いが強くなり、「来年も出よう」という気持ちに変わっていました。
IMG_0004
  (自身2度目の日本山岳耐久レース。「もっと出来たはず」という思いから前年度の反省を活かして走りました)

次の年(2007年)は「第15回日本山岳耐久レース」以外にも幾つかのレースに出場しました。
「青梅高水山トレイルラン」や今となっては伝説のレース「エンデュランスランOSJハコネ50K」、「Madarao Forest Torails 50km」と3つのレースに出場したのち「第15回日本山岳耐久レース」を走りました。
IMG_0005
  (撮影拒否をしている訳ではありません。ライトが強すぎて足元が見難かったので光を遮っているだけです)

2008年は「星の郷八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン(71kmの部)」、「OSJおんたけウルトラトレイル100km」と「第16回日本山岳耐久レース」の3レースを走りました。
IMG_0006
  (3度目の日本山岳耐久レース。この年の11月、イーストウインドに入る為の面接を受けに水上に行きました)

イーストウインドのトレーニング生になった2009年はイーストウインドのトレーニングとカッパCLUBでのラフティングトレーニングが忙しく、4月から9月まで他のレースには出れませんでしたが「第17回日本山岳耐久レース」には何とか出場する事が出来ました。
トレーニングが思い通りに出来ない中での出場だったので、心身ともに不安だらけだったのですが、カッパCLUBの先輩ガイドに「肉体的にはトレーニング不足かもしれないけど、カッパCLUBでのトレーニングで精神的に強くなっているから大丈夫だよ」と言っていただき、僕はその言葉に助けられ、とても勇気づけられた事を思い出します。
IMG_0009
    (トレーニング不足からフィジカル的には不安でしたが、メンタル的には強くなれた事を実感したレース)

2010年は春にラフティングトレーニング中、左膝内側側副靭帯損傷というケガをしてしまい、4月から9月のレースには出場が来ませんでしたが、「第18回日本山岳耐久レース」と「裏磐梯山岳耐久レース」の2レースを走りました。
IMG_0012
 (初めて次の年の招待選手圏内【20位以内】の12位に入った2010年のレース。今年は更に上を目指します)

昨年(2011年)は11月の頭にアドベンチャーレースの世界選手権がタスマニアであり、「第19回日本山岳耐久レース」はその直前であったため不参加、「八海山登山マラソン大会」と「美ヶ原トレイルラン&ウォーク in 長和」、「鋸山アドベンチャーフェスタ&トレイルランレース」の3つのレースに出場しました。
今年はここまで「第1回日本百名山・両神山麓トレイルラン」と「第1回新緑の奥武蔵もろやまトレイルラン」の2戦に参戦し、あと何レースか走った後、10月の「第20回日本山岳耐久レース」に出場予定です。
昨年は走れなかった「日本山岳耐久レース」で昨年の分も今年のレースで出し切りたいと思います。

2012年6月25日 倉田文裕