Memoria 「あのとき…」

Viaggio di excitatory 「興奮の旅 in 八ヶ岳 2013」 日向山登山編

昨年、9月13日、14日に長野県諏訪郡富士見町に行き、八ヶ岳の最高峰“赤岳”に登った時の事をこのブログで書きましたが、今年は北杜市白州町にある「日向山」という魅力的な山に登って来たので、今回はその時の事を書きたいと思います。
この山に登ったのは実は最近ではなく、8月の中旬です。
まず4ヵ月近く経ったこのタイミングでの紹介になってしまった事を一緒に山に登った皆様にお詫びしたいと思います。
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(日向山ハイキングコース「矢立石登山口」。ここまで車で入る事が出来て、車10台程度の駐車スペースがあります)

「日向山」という山は山梨県北杜市にある標高1,660mの山です。
標高1,120mの「矢立石登山口」までは車で行けるので、山頂までは500mちょっと登るだけで到着します。
「矢立石登山口」から山頂へと向かうルートは、矢立石から稜線を登るルートと尾白川林道を進み錦滝付近から雁ヶ原へ直登するルートの2つがありますが、今回は矢立石から稜線を登るルートを歩きました。
尾白川林道を進み錦滝付近から雁ヶ原へ直登するルートがどういうルートなのか歩いていないので良くわかりませんが、ロープや鎖を使って上り下りする場所があったり、大変急な道があるという事だったので、今回は初心者の方やファミリーも安心して歩ける稜線を登るルートを選びました。
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(ハイキングコース脇には写真のような道標が要所要所に設置されており、今自分が何合目にいるかがわかります)

今回の登山には、いつものメンバーに加え、特別ゲストとしてアウトドアフォトグラファーの藤巻翔さんにも参加していただきました。
実はこの登山の前日まで登る山が決まっていなかったのですが、翔さんの一言ですぐにこの「日向山」に登る事が決まりました。
僕はこの山の名前はもちろん、この山の存在すらも知りませんでしたが、昨年と違う、まだ登った事のない山に登れる事にワクワクしていました。
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(キレイに整備された登山道は歩きやすく快適です。日向山雨量観測所の脇を通りすぎると山頂はもうすぐそこです)

「日向山」に登ったこの日が日曜日という事もあり、「矢立石登山口」には沢山の県外ナンバーの車が停まっており、山頂まで向かうまでの間にも沢山の登山者の方と出会いました。
矢立石から稜線を登るルート(ハイキングコース)はとても良く整備されていて歩きやすく、コースの途中には上から2枚目の写真にあるように、わかりやすい道標が要所要所に設置されています。
傾斜は山頂の手前で一度少し下る所があり、その手前まではそれなりの傾斜が続きますが、いわゆる急登は無く、危険箇所もそれほど見当たらないので、初心者の方や家族連れでも安心して歩けると思います。
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(日向山山頂。ここには三角点があるだけで他には何もありません。この山に登る理由、それはここにはありません)

山頂には「矢立石登山口」から歩いて1時間30分ほどで到着します。
ただ、多くの山はその山頂に立つ事、もしくはその山頂から景色を楽しむ事を目的に登ると思いますが、この山の山頂は上の写真を見ていただいてもわかるように三角点がポツンとあるだけで、周りは木々に囲まれ、眺望は決して良いとは言えません。
ではこの山に登る目的は何なのか、それは山頂の先にある「雁ヶ原」という場所にあります。
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 (「雁ヶ原」。花崗岩が風化してできた白い砂は海の砂浜を思わせます。この山に登る理由、それはここにあります)

「雁ヶ原」という場所は山頂から更に5分ほど歩いたところにあるのですが、樹林帯を抜けたところに突如として現れるその“砂浜”のような光景に大抵の方はビックリすると思います。
“山の上にある砂浜”という表現がピッタリかどうかはわかりませんが、僕が目隠しされたままこの場所に連れてこられて、上の写真のような風景を見せられたら、間違いなく「海に来たんだな」と思うと思います。
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(翔さんの粋な計らいで海の砂浜ではなく、山の砂浜でスイカをいただきました。夏山でいただくスイカも最高でした)

“夏”、“砂浜”、“青空”とくればやっぱりスイカという事で、「雁ヶ原」では到着早々に翔さんが用意して下さったスイカをみんなで食べました。
“山の砂浜”でいただくスイカは、海の砂浜でいただくそれとはまた少し違った意味で美味しく、昨年登った八ヶ岳や甲斐駒ケ岳を眺めながらの昼食は最高でした。
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(空の青さと山の緑、「雁ヶ原」の白、どれをとっても見事でした。山が色付く季節にもぜひ訪れたい場所の一つです)

昼食後は「雁ヶ原」の周辺を少し散策しました。
花崗岩が風化して出来た白い砂と巨大な岩が造り出す、ある意味山では少し異様な光景は、山の緑と空の青とのコントラストで、余計にその白が強調され、圧倒的な存在感がありました。
この時は夏真っ盛りで、山はまだ青々としていましたが、秋の紅葉時季、山が色付いた頃に登ったら、どんな景色が広がっているのかなと想像するとそれだけでワクワクしました。
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(有名アウトドアフォトグラファー藤巻翔さんに撮影して貰えるという千載一遇の機会に張り切って走るタイゾーさん)

絶景に見惚れてしまい、どのくらいの時間この「雁ヶ原」にいたのかわかりませんが、そろそろ下山しようかという話をし始めた頃には結構な時間が経っていたと思います。
下りも上り同様、稜線を通るルートで「矢立石登山口」へと向かって歩きましたが、その足取りは皆非常に軽く、順調に下山する事ができ、午後3時頃には無事に登山口へと到着しました。
今回、翔さんにこの「日向山」を紹介していただいたおかげで、「雁ヶ原」の素晴らしい光景とその周辺の素晴らしい景色を臨む事ができました。
本当にありがとうございます。
次に登る山はまだ未定ですが、また来年この周辺で楽しそうな山を見つけて皆で登れたらいいなと思います。

2013年12月25日 倉田文裕

Ricordi nostalgici 「懐かしのランニングコース」

以前、このブログでも書きましたが、高校時代、僕は硬式テニス部に在籍していました。
そのテニス部時代に良く走っていた学校近くのランニングコースを11月下旬の某日、久しぶりに走ってきました。
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(「薄川」は松本市の東、「美ヶ原」に源を発する川で、ドラマ「白線流し」では、「白線」を川に流す舞台になりました)

僕の母校、松商学園高校の硬式テニス部は、当時、テニスコートを全部で4面所有していましたが、部活の後半、部員同士の練習試合の時間になると、コートに入れる人間と、使えるコートの面数が限られてしまう為、自然とコートから溢れる人間が出てきてしまっていました。
そうなると、ただ自分の順番が来るのを待つだけの状態になってしまうので、そういう時は、顧問の先生の指示で、よくランニングに行きました。
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 (僕がテニス部にいた当時は荒れた土のコートでしたが、現在は立派なオムニコートに生まれ変わっていました)

ランニングコースは学校のすぐ脇を流れている薄川(すすきがわ)沿いにあり、学校を出て、川沿いを上流に向かい、どこの橋まで行って帰ってくるかでコースが何パターンかに分かれていました。
そのコースにもそれぞれ名前が付けられていて、「きんか橋」まで行って帰ってくるコースは「きんかコース」、「船付橋」まで行って帰ってくるコースは「船付コース」という感じで、「今日は時間があるから“船付コース”を走って来い」とか、「今は時間が無いから“きんかコース”を走って来い」という風に先生に指示され、走りに行っていました。
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 (「苦しかった事」、「楽しかった事」、「良い思い出」、「嫌な思い出」、当時の事を色々と思い返しながら走りました)

学校から「船付橋」まで行って帰ってくる「船付コース」が、当時、僕が走った中では一番長いコースだったのですが、今回14年ぶりに位に走った感想としては、「あれ?こんなもんだったっけ?」と思うくらい短く感じました。
それだけ当時は“走らされている感”が強かったんだと思いますが、当時も今と同じ位、色んな事を意識して、“自分の意志”で走っていたら、テニスも、もう少し上手くなっていたのかなと思いました。
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(当時走った中では最長コースの折り返し地点「船付橋」。今は短く感じるこのコースも当時は非常に長く感じました)

因みに、これは当時のおもしろエピソードなのですが、ずる賢い男子部員数名が、ランニングをサボる為に、川で顔を濡らし、汗をかいたフリをして、適当な頃合いを見計らって学校に戻ろうとしたところ、いつもはランニングの方には顔を出さない先生が、その日は偶々川の方に現れ、ズルが見つかってしまい、こっぴどく叱られたという珍事件がありました。
僕はそれを見て、「やっぱり悪い事って出来ないんだな」と高校生ながらに思った事を覚えています。
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(学校のすぐ近くに架かる橋「見晴し橋」。映画「岳」でも使われた、東に美ヶ原、西に北アルプスを望む絶景スポット)

今回、思い出のランニングコースを久しぶりに走って、当時の事を色々と思い出せたと同時に、とても新鮮な気持ちになる事が出来ました。
そう頻繁に走りに行けるコースではありませんが、初心を忘れ、新鮮な気持ちを失くしてしまった時に、再びここを走りに来ようと思いました。
11月下旬、ここ以外にも僕が良く走りに行く地元のランニングコースを幾つか走って来ました。
一緒に写真も撮ってきたので、これから少しずつ、このブログで紹介させていただきたいと思っています。

2013年1月15日 倉田文裕

Paese di un sogno 「僕にとっての夢の国」

10月14日、15日に、「富士山の見える山&温泉の旅」に行ってきたという話は、以前、このブログでも書かせていただきましたが、実は、その旅の流れで、もう1ヶ所、「富士山」と同じ位“魅力的な場所”に行ってきたので、今回はその事について書かせていただきたいと思います。
一般的に“夢の国”と言うと、大抵の方は「東京ディズニーランド」を思い浮かべると思うのですが、ジブリ好きの僕にとっての“夢の国”は「三鷹の森ジブリ美術館」です。
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(日本一の山を堪能した後は、僕にとっての“夢の国”三鷹の森ジブリ美術館へ。トトロによる、これ以上ないお出迎え)

以前から「行きたい」と思っていた場所の一つだったのですが、腰が重くて、中々行けずにいました。
今回、ようやく、念願叶って、行く事が出来たわけですが、流石は“夢の国”、平日にもかかわらず館内は沢山の人で賑わっていました。
ローソンのLoopiで購入した入場引換券を入り口でジブリ作品の35mmフィルム(3コマ分)付きの入場券に引き換えるのですが、僕の入場券は、僕の大好きなジブリ作品「紅の豚」のワンシーンで、ポルコ・ロッソとドナルド・カーチスの決闘シーンの一部でした。
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(ジブリ作品の35mmフィルム(3コマ分)付き入場券。僕のフィルムは僕の大好きな「紅の豚」のワンシーンでした)

皆さんの方が良くご存じで、僕が説明するまでもないと思いますが、館内には「となりのトトロ」のネコバスルームや映像展示室の「土星座」、売店の「マンマユート」などがあり、常設展示室では、アニメーションの原理、原始的なアニメなどの展示、製作スタジオの風景再現、歴代ジブリ作品の絵コンテなどの資料が見られるようになっていて、そのどれもがジブリ好きにはたまらない展示になっています。
特に僕は「となりのトトロ」のネコバスルームが気になりましたが、小学生以下のお子様しか遊べないという事だったので、“大きい子供”の私は後ろ髪を引かれる思いでしたが、我慢して通り過ぎました。
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(屋上に立つロボット兵。今回は飛行石を持っていなかったので、ロボット兵を動かす事は出来ませんでした。残念)


屋上には「天空の城ラピュタ」で登場する“ロボット兵”がドーンと立っていて、その奥には、ラピュタ中枢部にある“黒い石”と呼ばれる石版がドーンと置かれています。
“ロボット兵”は高さ約5mもあり、迫力満点ですが、実はジブリ美術館の守り神だそうで、とても優しい顔で佇み、美術館の“平和”と“繁栄”の為に、24時間365日、その場に立ち続けています。
“黒い石”には「ラピュタ語」の文字がしっかりと刻まれていますが、「ムスカ大佐」と違って、勉強不足の僕には何と書いてあるのか、さっぱりわからず、非常に悔しかったので、次の機会までにしっかりと勉強して、全て解読出来る様になりたいと思います。
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(入場券にパンフレット、そして自分へのお土産として買ったスケッチブック。イタリアのトリコロールカラーが素敵です)

一通り全て見終わった後は、「マンマユート」という名の売店へ行きました。
「マンマユート」とは「紅の豚」に登場する空中海賊団の事で、イタリア語で「ママ、助けて」という意味です。
(因みに、イタリア語で書くと「MAMMA AIUTO」と書きます)
以前、このブログでも書きましたが、僕はイタリアに一年間留学していた事があるので、多少イタリア語がわかります。
なので、イタリアを舞台にし、作品中にも度々イタリア語が登場する、この「紅の豚」という作品が僕はとても好きです。
「マンマユート」という売店は、その名の通り、「ママ、助けて」と言わんばかりに、素敵な商品がイッパイで、「あれも欲しい」、「これも欲しい」ってなってしまうので、ジブリ好きにとっては、その高まる“購買意欲”を抑え込むのが非常に大変なお店です。
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(カッパCLUBのお客様に頂いた「ジブリみやげ」コレクション。僕の宝物です。ジブリ好きを公言してて良かったです)

外に出ると、すっかり日は傾き、もう夕方になっていましたが、宮崎駿氏本人の断面スケッチを元にデザインされた建物は、その綺麗な夕日に照らされ、キラキラと輝き、何となく、昼間よりも、更に、“ジブリっぽい”なと思いました。
今回、三鷹の森ジブリ美術館を初めて訪れて思った事は、ジブリ作品同様、一度見ただけ、一度訪れただけでは、その全てを理解するのは難しいのかなという事で、繰り返し見る事、繰り返し訪れる事で、その本質が見えてくるのかなと思いました。
この美術館を訪れた後、今まで以上にジブリ作品を見る回数が増えましたし、今まで以上に見てるときに気持ちが入っている気がします。
また近いうちに再び訪れ、今度は“黒い石”に刻まれた「ラピュタ語」の文字を解読したいと思います。

2012年11月12日 倉田文裕

Viaggio di excitatory 「興奮の旅 in 八ヶ岳」 食事&遊び編

少し前になってしまいますが、9月の13日と14日、長野県の富士見町まで行き、八ヶ岳の山麓にある“興奮の家”に泊まり、登山したり、走ったりして遊んだ「興奮の旅」。
その「興奮の旅」の“赤岳登山”と“早朝ランニング”については既にこの前、ブログで書きましたので、今回は「興奮の旅 in 八ヶ岳」の“食事”と“遊び”について書きたいと思います。
“興奮の家”は八ヶ岳山麓の広大な自然の中に建っており、家の周りには、これまた広大な畑があります。
その“興奮の畑”でとれる野菜がとても新鮮で、非常に美味しく、この旅の“興奮料理”にも毎食、主役並みの存在感で登場しました。
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(“興奮の畑”でとれた新鮮な野菜。八ヶ岳山麓の大自然に育まれ、強く育った野菜たちは本当に美味しかったです)

僕は料理が苦手なので、食事の準備は、切る、巻く、刺す、焼くなどの超単純作業を手伝いました。
1日目の朝食は、この後、赤岳登山を控えていて時間がなかったので、目玉焼きに、ベーコン、ウインナーに、サラダ、それにパンという、一見シンプルなメニューでしたが、全て七輪で焼いて料理したので、多少僕の不注意で焦げついてしまっていても、とても美味しい朝食でした。
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(初日の朝食。目玉焼きに、ベーコン、ウインナーに、パン、それに野菜。シンプルだけど、とても美味しい朝食でした)

1日目の夕食は、同じく七輪で焼いた串焼きや焼き野菜など美味しいメニューが沢山ありましたが、メインディッシュは、何と言ってもタイゾーさんが作った“お好み焼き”。
“興奮の家”には、なんと鉄板が備え付けられた巨大なテーブルがあり、その周りを囲んで、皆で鉄板焼きを楽しめるようになっています。
その充実の設備を使って、“男”タイゾーさんが美味しいお好み焼きを作ってくれました。
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 (タイゾーさんが作ってくれた“興奮のお好み焼き”。今まで食べたお好み焼きの中で〇番目の美味しかったです)

2日目の朝は、“早朝ランニング”を行う予定でしたが、全員早朝に起きられず、普通に“午前ランニング”になってしまったので、朝食と昼食を一緒に、“朝昼食”という感じで食べました。
この時のメインはユキエさんが作ってくれたスープ、鶏肉や野菜が柔らかくなるまで煮込んであり、ランニングで頑張った身体に最高のご褒美という感じでした。
他にも焼トウモロコシに、スクランブルエッグなど、食べきれない位のメニューがあり、お腹も心も、存分に満たされた“朝昼食”でした。
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(ユキエさん特製スープ。鶏肉はホロホロ、野菜はホクホクで、登山とランニングで疲れた身体がメチャ癒されました)

“興奮の畑”ではトウモロコシやカボチャ、ナス、ダイコンという野菜だけでなく、スイカもとれてしまいます。
長野県松本市波田(合併前の波田町)は日本有数の美味しいスイカの産地で、僕の実家からも近い事もあって、小さい頃からその美味しいスイカを食べて育ったのですが、“興奮の畑のスイカ”は“波田のスイカ”に負けない位、とても甘くて、瑞々しいスイカだと思います。
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 (“興奮の畑”でとれたスイカ。波田のスイカに負けないくらい美味しいスイカです。とても甘くて、瑞々しいです)

さて、“食事”についてはこれくらいにして、ここからは、“遊び”について書きたいと思います。
最初にも書きましたが、“興奮の家”は八ヶ岳山麓の大自然の中にあるので、当然、建物の周りにも大自然が広がっています。
そこは正に“遊び”の宝庫で、その可能性“無限大”、生かすも殺すもその人次第です。
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(“くだらない写真”パートⅠ。「芝生にデッキブラシ」。顔が写っていませんが、僕の前のド派手タイツはワッキーです)

タイゾーさんとワッキーは、この旅に一眼レフのマイ“高級デジカメ”を持ってきていました。
2人が撮った“興奮の写真”は、僕たちの“興奮”の数だけ、その枚数があるので、その数は半端なく、今、ここで、その全てを紹介できないのが非常に残念ですが、また別の機会にアップしたいと思います。
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(“くだらない写真”パートⅡ。「デッキブラシジャンプ」。魔女のキキをイメージし、朝っぱらから、こんな事をしてました)

被写体が僕の時は、上の2枚の写真を見て貰えればわかると思いますが、大体はふざけた写真です。
でも、仲良しなタイゾーさんとミヤさんのツーショットの写真は“楽しさ”が写真からも十分伝わる、“良い写真”ばかりです。
特に僕が好きなのが、タイゾーさんの髪をミヤさんが切っている写真で、2人の“仲の良さ”や“信頼関係”が写真にも凄く表れていると思います。
ミヤさんは本当に器用で、バリカンとハサミを使って、タイゾーさんの注文通りのシルエットに「あっ」と言う間に、髪型を仕上げてしまいました。
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 (仲良く散髪をする2人。髪を切るミヤさんも、切られるタイゾーさんも、慣れたもので、すぐ終わっちゃいました)

楽しかった“興奮の旅”もいよいよ終盤、最後に、お世話になった“興奮の家”の片付け&お掃除をしました。
“興奮メンバー”の素晴らしい所は、誰一人、手を抜かないという所で、トイレも、お風呂も、リビングも、全部、「来た時よりも綺麗にしよう」という意識がヒシヒシと伝わってきました。
そんな中でも、遊びを忘れないのが、“興奮の旅”の良い所で、ワッキーの後ろで、何とか写真に納まろうと、布団を干したベランダで、無駄に上半身裸になってポーズをとる男たちがいて、最後まで笑いが絶えませんでした。
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(“くだらない写真”パートⅢ。「ワッキーと3人の天使たち」。一見ワッキーのワンショットですが、実はベランダに…)

今回の2泊3日の“興奮の旅”は、「晴れ女」「晴れ男」が集まったのか、皆の日頃の行いが良いのかわかりませんが、終始晴天に恵まれ、「赤岳登山」も「早朝ランニング」も最高に気持ち良く終える事が出来ました。
加えて「美味しい食事」があり、「愉快な仲間たち」がいて、楽しくない訳が、興奮しない訳がありません。
この楽しい時間を、素晴らしいメンバーと共有できた事に感謝しつつ、今回のこの“興奮のブログ”を終えたいと思います。

2012年10月23日 倉田文裕

Viaggio di excitatory 「興奮の旅 in 八ヶ岳」 早朝ランニング編

“興奮の旅”で企画された“興奮イベント”は赤岳登山だけではありませんでした。
他にも幾つか楽しい企画が用意されていて、今回の“早朝ランニング”もその一つでした。
ただ、“早朝”と謳っていますが、実際は前日の夜、皆、寝る時間が遅かったせいで、誰も早朝に起きる事が出来ず、普通に“午前ランニング”になってしまいました。
この辺の緩さも、この旅の良い所で、「まぁいっか~」「楽しも~」という空気が僕にとっては興奮ポイントでした。
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 (“興奮の早朝ランニング”のドレスコードは“ド派手なタイツ”。この2人のタイツの興奮度は群を抜いていました)

ここでの興奮ポイントは、皆でド派手なタイツを穿いて思いっきり目立って走り、「もの凄く速く走る、クレイジーな集団発見」と周りに見られるようにする事でした。
上の写真を見ていただければわかると思いますが、タイゾーさんとワッキーのタイツは特に目立っていました。
僕はと言うと、派手なタイツを持っていなかったので、ニューハレのカラーテープをレースの時以上にベタベタ貼って走りました。
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(出発前の集合写真。因みに僕は6色のカラーテープを貼って対抗しましたが、タイゾーさんとワッキーに完敗でした)

コースは“興奮の家”から富士見高原リゾート「鹿の湯」まで行って、“興奮の家”に戻るという全長約15.5kmの全て舗装路のコースで、キツくなったら、その場待機、途中離脱オッケー、無理せず走れる人だけ全部走りましょう、という“ゆる”サバイバルラン的なものでした。
決して競争ではなく、ペースはジョグペース、皆で話をしながら走れる位のスピードだったので、終始楽しく走る事が出来ました。
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   (一番大事なのは、みんなが笑顔な事。写真では伝わりにくいですが、結構な傾斜を興奮ランしています)

八ヶ岳の麓という場所柄、ゆる~い上り坂がなが~く続くところが一ヶ所ありました。
その“がんばり坂”を駆け上がる所が、このコースで一番キツイ所だった訳ですが、加えて、その坂が“走れてしまう”絶妙の斜度だったのが、更に厄介で、歩くに歩けず、皆、この坂には相当苦労していました。
僕は、この坂を上っている時のタイゾーさんの「これは修行だね」という一言がとても印象的で、前日の“興奮登山”の疲労が残る中で、それでも頑張って、この“がんばり坂”を上っているんだなという事がヒシヒシと伝わってきて、その“頑張り”にとても感動、否、興奮しました。
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  (鹿の池のスワンに乗って「ハイポーズ!」。この時がこのランの最中でもっとも興奮度が上昇した瞬間でした)

この日の前夜、お酒が飲めない僕以外は、皆、それなりにお酒を呑んでいたので、体調が万全ではなく、無理はしないという事が暗黙のルールだった“興奮ランニング”は、5人のスタートから、1人減り、2人減り、折り返し地点の富士見高原リゾートに着いた時にはタイゾーさん、ワッキー、僕の3人になっていました。
それでも僕達3人は“興奮メンバー”を代表してここまで来たと思っていたので、“興奮メンバー全員の魂”をそこに置いて“興奮の家”へと引きかえしました。
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 (「僕たちの力だけでここまで来れた気がしない」「さぁ“興奮メンバー”全員の魂と気持ちをここに置いて帰ろう」)

往路は苦しめられた“がんばり坂”も、復路は下り基調で、“快適坂”に変化しました。
“快適坂”の上で、無理せずに待っていたミヤさんと合流し、4人で坂を気持ち良く下り、“興奮の家”へと戻りました。
往復約15.5km、所要時間1時間42分、天気も最高で、興奮度マックスの非常に楽しいランニングでした。
“興奮の旅”について、「赤岳登山」「早朝ランニング」と2回に亘って書きましたが、まだ書き足りない事が結構ありますので、それらの事も、追々、興奮が冷めないうちに、書いていきたいと思います。

2012年10月2日 倉田文裕
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