馬蹄形縦走路とは土合駅で有名な群馬県みなかみ町の「土合」を起点に「白毛門」⇔「笠ヶ岳」⇔「朝日岳」⇔「七ッ小屋山」⇔「武能岳」⇔「茂倉岳」⇔「一ノ倉岳」⇔「谷川岳」と回って再び「土合」に戻ってくるという周回路で、その周回路の形が馬のひづめ“馬蹄”の形に似ている事からその名がつけられました。
(「谷川連峰馬蹄形縦走路」。周回ルートになっているので時計回りでも反時計回りでもどちらでも問題ありません)
僕もこの馬蹄形縦走路を2、3年前にイーストウインドのチームトレーニングや自分自身のトレーニングで2回ばかり周った事がありますが、ここ数年は行きたい思っていながら、しばらく行けていなかったので、9月中旬のある日、久しぶりに馬蹄形一周の旅に出る事にしました。
(「土合」から「松ノ木沢ノ頭」へと向かう登山道は急登が続きます。加えてご覧の様な鎖を掴んで進む岩場もあります)
馬蹄形縦走路は周回コースなので、「土合」から「谷川岳」方面に時計回りに周っても、逆に「土合」から「白毛門」方向に反時計回りに周っても、最終的には「土合」へと戻って来ますのでどちらでも問題ありません。
僕は過去2回この馬蹄形を周った時も今回も反時計回りで周りました。
理由は「白毛門」へと登る最初の急登で自分の体調をチェックする事ができ、もし1周周りきれる体調ではないと判断したら、そこで直ぐに引き返す事が出来るという事と、もう一つ、最後の最後「谷川岳」から下る際に最悪ロープウェイに乗って下りる事が出来るという事からです。
これが逆回りだと最後の最後に「白毛門」からの激坂を下らなければならず、ロープウェイも無いので、肉体的にキツイのはもちろん、精神的にもキツイ為、僕は反時計回りに周るようにしています。
(「松ノ木沢ノ頭」から上を見上げると次のピーク「白毛門」が見えます。標高を上げる度ガスが濃くなっていきました)
馬蹄形を「土合」から反時計回りに周る場合、出発してすぐに急登が待っています。
標高を上げるにしたがって徐々に視界は開けてきますが、最初のピーク「松ノ木沢ノ頭」までは樹林帯の急登が続きます。
急登の途中には鎖を掴まずには登れない岩場や滑りやすい木の根地帯もあるので注意が必要です。
(下を見下ろすと土合駅や谷川岳ロープウェイのベースプラザが見えます。グルリ周って再びあの場所に戻ります)
「松ノ木沢ノ頭」まで来ると次のピーク「白毛門」の山頂が良く見えます。
また「松ノ木沢ノ頭」から「白毛門」に向かうトレイルの途中から西側を見渡すと谷川岳東面の岩場が良く見えます。
残念ながらこの日はガスが濃く、谷川岳方面の景色は何も見えませんでしたが、馬蹄形のルート上で綺麗な景色が見える場所は他にも沢山あるので気にせず前に進みました。
(「白毛門」の山頂から上を見上げると次のピーク「笠ヶ岳」の山頂は完全にガスの中に隠れ何も見えませんでした)
「白毛門」まで標高を上げると、ガスは益々濃くなってきて、辺り一面真っ白になってしまいました。
「今日はずっとガスの中かな」と一瞬ガッカリしかけましたが、やっぱり一つのピークに到達した瞬間というのは、例え周りが真っ白でも嬉しいもので、この「白毛門」の山頂に到着した時も、嬉しさがガッカリを上回り、次の「笠ヶ岳」へと向かうエネルギーみたいなモノを貰う事が出来ました。
(「朝日岳」山頂に到着。山頂はガスの中でしたが、この後少しずつガスが晴れ景色が期待できる天候になりました)
「白毛門」の山頂を通過した後は一旦少し下り、再び登り返して「笠ヶ岳」の山頂を目指します。
「笠ヶ岳」の山頂からは避難小屋方向へ少し下り、そこから100mちょっと標高を上げた後、ノコギリの歯のように連続する小ピークを越えて「朝日岳」へと向かいます。
僕は「朝日岳」に着いた時の体調でこのまま一周するか、ここで引き返すかを決めようと思っていましたが、「白毛門」、「笠ヶ岳」、「朝日岳」と幾つかのピークを越えた感触が悪くなかったので、「大丈夫、行ける」という判断をして、そのまま馬蹄形一周の旅を続ける事にしました。
そして運良く「朝日岳」のピークを越えた辺りから、あれだけ濃かったガスが少しずつ晴れてきて、ようやく綺麗な景色が期待できるかなという天候になってきました。
(「ジャンクションピーク」付近からの眺め。綺麗な稜線の先には「清水峠」。更にその奥には「大源太山」が見えます)
「朝日岳」の周辺は池塘が点在する高山植物の宝庫で、この時も少しずつ晴れてきたガスの合間から太陽の光が降り注ぎ、その光が池塘に反射して何とも神秘的な光景が広がっていました。
「ずっとこの場に居たい」という気持ちになるほど綺麗な光景でしたが、先も長いので「グッ」と我慢して更に先に進むと「ジャンクションピーク」と呼ばれる分岐の先で更なる絶景が待っていました。
これから向かうルートの先を見渡すと「清水峠」、その先には“上越のマッターホルン”の異名を持つ鋭鋒「大源太山」、更に北東の方角には今、正に雲をかぶろうとしている大烏帽子山と、今この場所でしか見る事が出来ない絶景を前に暫くその場を動く事が出来ませんでした。
(「ジャンクションピーク」付近からの眺め。今まさに雲を被ろうとしている大烏帽子山。迫力満点、圧巻の光景でした)
僕の撮った写真だけではその感動が伝わらないと思いますので、是非皆さんにも直にこの光景を見ていただきたいのですが、「ジャンクションピーク」から「清水峠」へと下るトレイルはガレていて危ない所やトレイルのすぐ横が崖になっている所もあるので、ここを通過するときは十分注意していただきたいと思います。
(七ツ小屋山に向かう途中で後ろを振り返ると清水峠とジャンクションピークから峠へと続く稜線が綺麗に見えます)
「清水峠」から先、「蓬峠」までの間はスノーカントリートレイルと同じルートを進みます。
「清水峠」の先、熊笹の間を抜けていくトレイルの上りは過去に刈り払った笹の残骸がトレイル上に残っていて、滑りやすいので、特にここを下る場合は転倒しないように注意が必要です。
(“上越のマッターホルン”の異名を持つ鋭鋒大源太山。馬蹄形の外側で圧倒的な存在感を放ち聳えたっています)
「清水峠」から「七ッ小屋山」へと向かう稜線上のトレイルは傾斜のキツい登りもありますが、北西方向には先ほども登場した“上越のマッターホルン”「大源太山」が、立ち止まって後ろを振り返ると先ほど通過してきた「清水峠」が綺麗に見えるのでキツい登りも苦になりません。
(「七ツ小屋山」から「蓬峠」へと続く綺麗な稜線。比較的アップダウンの少ない区間で気持ち良く歩く事が出来ます)
「七ツ小屋山」の山頂を過ぎると「蓬峠」までは気持ちの良い稜線トレイルが続きます。
小さなアップダウンを繰り返しますが、キツい上り下りは無く、途中には池塘も存在し、快適に歩けます。
上の写真を見ていただいてもわかりますが、「朝日岳」を通過して一旦は綺麗に晴れたガスが、「蓬峠」の先でまた濃くなってきており、「蓬峠」の先の「武能岳」を見ると既にガスに覆われていて、山頂はおろか山容もわからない状態でした。
(手前に見える建物が蓬ヒュッテ、その先に見えるガスで完全に覆われてしまっている山が次に登る「武能岳」です)
スノーカントリートレイルのルートは「蓬ヒュッテ」を通過した後、分岐を白樺尾根の方に下りますが、馬蹄形のルートは稜線上を「武能岳」の方へと向かいます。
「蓬峠」から「武能岳」の山頂までは標高差が230mありますが、急登という印象の傾斜はなく、加えてこの時は山の中腹から上にガスがかかっていた影響でとても涼しく、気持ち良く山頂まで行く事が出来ました。
(蓬峠から武能岳山頂へと向かう登山道はゆっくり少しずつ標高を上げていくのでそこまで標高差を感じさせません)
「武能岳」の山頂を通過した後は“舟窪地形”という2つの平行して並ぶ稜線に挟まれた窪地の真横を通って次のピーク「茂倉岳」を目指します。
「武能岳」の山頂が1,759mで、一度1,594mまで標高を下げ、そこから「茂倉岳」の山頂1,977mまで上がるので、とてもタフな区間だと思いますが、その分「茂倉岳」の山頂に辿り着いた時の達成感というのはとても大きなものがあると思います。
(写真では分かり難いと思いますが、ここには舟窪地形という2つの平行して並ぶ稜線に挟まれた窪地があります)
出発した「土合」からここ「茂倉岳」までの間に出会った人の数はわずか6人だけでしたが、平日にしては多い方ではないかと思います。
ただ、この後通過する日本百名山の「谷川岳」は登る人の数も馬蹄形の比では無いので、「茂倉岳」を通過した時点でこれから出会う人の数は徐々に増えていくだろうと予想していました。
「土合」から「茂倉岳」の間に会った6名のうち少なくとも2名は馬蹄形を縦走していると思われる方々で、その2人組の男性パーティーの方達は朝2時に「土合」を出発して日帰りで馬蹄形を周っているとの事でした。
日帰り縦走、一泊二日もしくは二泊三日の縦走、単独行、複数人による集団縦走、スタイルは多々あると思いますが、ご自分の体力、技術、経験にあった無理のないスタイルで、安全に、楽しく、馬蹄形縦走の旅を楽しんでいただきたいと馬蹄形を周りながらそう思いました。
(茂倉岳の山頂手前で周りを見渡すといつの間にか雲が視線よりも低い所にあり自分は雲よりも高い所にいました)
「茂倉岳」の山頂の分岐を「谷川岳」方面に向かうと、次に現れるピークが「一ノ倉岳」です。
“一ノ倉”と言えば日本三大岩場の一つ「一ノ倉沢」を思い浮かべる方が多いかと思いますが、その「一ノ倉沢」の真上にあるのが「一ノ倉岳」です。
その「一ノ倉岳」の山頂にも分岐があり、そのまま稜線上を真っ直ぐに進むといよいよ「谷川岳」のピークが近づいてきます。
(「一ノ倉岳」から「谷川岳」のオキの耳へと続く稜線上トレイル。下から湧き上がってくるようなガスが幻想的でした)
「一ノ倉岳」から一度急坂を下って岩場を登りながら「谷川岳」の二峰に分かれている頂部の一つ“オキの耳”のピークに向かうのですが、この辺りからすれ違う登山者の数が少しずつ増えてくるので、もう谷川岳が近いんだなという気持ちになります。
“オキの耳”までの間にはゴツゴツした岩場や鎖を使って登る岩場なんかもありますが、そこは流石は沢山の人が登りに来る“名のある山”、慌てず、騒がず、一歩ずつ、慎重に進めば安全に歩けるようになっていると思います。
(オキの耳の手前、鎖が設置された岩場。岩場が連続する区間ですが慎重に進めば問題なく通過できると思います)
“オキの耳”は完全にガスで覆われていて360度真っ白な世界になっていましたが、6、7人の人が休憩をしていました。
“オキの耳”でこれだけの人がいるという事はもう一つの頂部“トマの耳”には更に多くの人がいて、これからその人達が“オキの耳”の方に歩いてくるだろうと思ったので、トレイルが混雑しないうちに早々に“オキの耳”を後にして“トマの耳”へと向かう事にしました。
(日本百名山の一つ谷川岳の山頂。オキの耳とトマの耳、谷川岳の2つの山頂には沢山の登山者が来ていました)
“オキの耳”から“トマの耳”の間には短い上り下りがあるだけですぐに到着します。
予想通り“トマの耳”には“オキの耳”以上の登山者の方がいて沢山の人で賑わっていました。
当然の事ながらここ“トマの耳”もガスで真っ白で何も見えなかったので、長居はせずに「肩の小屋」方面に向かって下山を始めました。
(谷川岳登山の拠点「肩ノ小屋」。ここから天神尾根、田尻尾根、田尻沢を通って出発地点の土合へ下りて行きます)
馬蹄形縦走を行う時に「谷川岳」の山頂から「土合」へと下りる部分はどこを通るのが正解なのかわかりませんが、僕は「肩の小屋」から天神尾根を「天神平」方面に下って、途中の分岐で田尻尾根を下り、田尻沢に下って、「土合」へと向かいます。
「谷川岳」山頂から天神尾根を「天神平」へと向かうルートは「谷川岳」登山のメインルートの一つで良く整備された登山道が続きますが、途中にはロープや鎖付きの岩場もありますので注意が必要です。
また、この区間は特に沢山の登山者の方に出会いますので、ここを下る場合は登りの方に配慮して慎重に下っていただきたいと思います。
(田尻尾根の登山道は滑りやすい木の根や苔生した石、ぬかるみなどが多いので転倒しないように注意して下さい)
天神尾根を熊穴沢避難小屋の分岐まで下り、その分岐を「天神平」方面に進むと、しばらくアップダウンの少ない木道が続きます。
この木道は傾いてしまっている所や木段と地面との間が極端に広くなっている所があるので注意が必要です。
また、濡れていると非常にスリッピーになるので、雨の日や雨上がりの日は十分に注意して田尻尾根の分岐を目指す必要があります。
(ケガなし、病気なし、落し物なし。何事もなく無事に出発地点へと戻って来る事。それが馬蹄形を縦走する条件です)
田尻尾根のトレイルは樹林帯の中を抜ける湿気の多いトレイルで、木の根や苔生した石が多いので、滑って転ばないように注意が必要です。
また、田尻尾根ルートの出口付近、田尻沢に合流する部分はぬかるんでいると非常にスリッピーなので注意して下さい。
田尻沢に合流したら、最後に林道を下り、国道291号線に出た所でいよいよ「馬蹄形一周の旅」が終わります。
(ケガなく無事に戻った自分にご褒美のコーラ。僕より頑張って足元を支えてくれた“TevaSphere”とコーラで乾杯)
今回、僕自身3回目の「馬蹄形一周の旅」でしたが、ある程度天候にも恵まれ、今までで一番楽しいと感じる旅になりました。
僕は今回もこの馬蹄形をトレーニングの一環として一周しましたが、馬蹄形は速く周れれば良いというものではありませんし、ましてやレースをする場でもありません。
僕が何時に「土合」を出発し、どこどこのピークを何時に通過して、「土合」に何時間で戻って来たのかという情報をここに書く事で競争を煽るような事はしたくないので、敢えてここで書く事はしませんが、昭文社の山と高原地図のコースタイムでは時計回りでも、反時計回りでも、一周するのに約17時間必要という事になっており、実際休憩時間を加えたり、悪天候などの条件が加わるとそれ以上にかかる可能性も十分に有り得ます。
馬蹄形を縦走する場合は、絶対に無理はせず、自分の技術、体力、経験に合わせた十分な装備と余裕のあるスケジュールで臨んでいただきたいと思います。
2013年10月3日 倉田文裕