Sforzo 「日々精進」

Conclusione 「2014年を振り返って」

2014年を一言で表現すると「変化」の年であったなと思います。
今年僕が出場したレースは9月の「裏磐梯山岳耐久レース」ただ一つでした。
2012年と2013年はそれぞれ5レースに出場していましたので、出場したレースはかなり少なかったのですが、色々な山を歩き(走り)に行けたという意味では良い一年だったと思います。
P1080194
(昨年までは妻と“2人”で訪れていた「裏磐梯山岳耐久レース」。今年は2月に息子が産まれ“3人”で行ってきました)

✩裏磐梯山岳耐久レース2014

日時 2014年9月21日(日)
種目 男子67.24km
タイム 9:25’00
男子順位 1位
総合順位 1位

ほぼ毎年出場しているこの「裏磐梯山岳耐久レース」ですが、今年はこのレースに臨むうえでの気持ちの持ち方や自分の中での今レースの位置づけに大きな変化がありました。
このレースは昨年まで僕の中で“勝たなければいけないレース”でした。
しかし今年は環境が変わり昨年までのように走れていなかったので“勝ちたいレースに”位置づけが変わりました。
レーススタート時(午前2時)の気温は6℃。
寒くて凍えそうな気温でしたが、天候には恵まれ「猫魔ヶ岳」の山頂から見た朝焼けは最高に綺麗でした。
_R5G1955
(「猫魔ヶ岳」山頂から見た朝焼けの「磐梯山」。僕が今までに山で見た景色の中で“最も美しい”と言える景色でした)

実に1年ぶりのレースは非常にタフなレースでしたが何とか勝って、「家族と小橋社長、カッパCLUBの皆さん、友人、お世話になっている全ての皆さんに感謝の気持ちを届ける」という目標を果たす事が出来ました。
最後はボロボロ、ヘロヘロ状態でトレーニング不足によるスタミナの無さを気持ちで補って何とかゴールした感じでしたが、身体は本当に正直だなと思いました。
何か「才能無いんだからその程度の努力じゃそんなもの」、「もっと努力しろ」と自分の身体に言われている気がして、変な納得感が自分の中にありました。
毎度の事ですが、このレースはスタッフの方も地元の方もとても温かくとても癒されます。
毎年出たいと思う理由もそこにあります。
スタッフの皆様、今年も素晴らしいレースありがとうございました。
_A7U4068
(最後はボロボロ、ヘロヘロ状態でしたが、何とか一番で帰ってくる事が出来ました。もっと努力して来年また来ます)

レース以外で今年最も印象的だった事は9月に参加した「小橋研二生誕祭」というイベントでした。
お祭り好きだった故小橋研二さん(カッパCLUB前社長)の誕生日を皆で祝おうと、カッパCLUBのOBやお客様、所属ガイドのご家族など沢山の人が集まりました。
午前中は利根川でラフティングをし、午後はカッパCLUBのベースでバーベキューをしながら社長の話等で盛り上がりました。
久しぶりのラフティングが最高に楽しく、何より小橋社長を愛する沢山の人達と同じ時間を共有できた事が最高に嬉しかったです。
カッパCLUBのスタッフの皆さん、生誕祭開催にあたり当日以外も準備や片付けなど大変だったと思います。
本当にありがとうございました。
DSC_5602
(小橋社長が愛した利根川を、社長を愛する沢山の方たちと下ってきました。やっぱり社長と「カッパCLUB」最高です)

今年登った山で印象的だったのは9月の下旬にレースで登った「磐梯山」と10月の下旬に登った「大水上山」でした。
「磐梯山」は前述の「裏磐梯山岳耐久レース」のコースの一部に含まれていて、今回初めて山頂まで行きました。
「猫魔ヶ岳」から見た「磐梯山」方面の朝焼けも最高でしたが、やはり「磐梯山」山頂から見る360度のパノラマはそれを上回るものがありました。
239
(「磐梯山」山頂直下、「弘法清水」へと向かう登り。期待しながら目指した山頂には期待以上の景色が待っていました)

「大水上山」は同じく前述の小橋社長と2人で登った思い出の山で僕の大好きな山の一つです。
この山に登る度に思い出すのが小橋社長が利根川源流の雪原の雪を溶かして淹れてくださった紅茶がとても美味しかった事、そして一緒に登れて嬉しかった事です。
この日6合目付近まではガスがガッツリかかっていたのですが、7合目付近から次第に晴れていき、山頂に到着する頃には快晴になっていました。
改めて社長は自然に愛されていると感じた瞬間でした。
CIMG7814
(利根川源流の石碑がある所から丹後山方面を見た景色。稜線上を一筋走る登山道と背後の山々がとても綺麗です)

他にも振り返ってみると色々な事がありましたが、沢山の方にお世話になって今年も無事に一年を終える事ができました。
本当にありがとうございました。
来年は更に実り多き年になるよう精進してまいります。
皆様2015年も宜しくお願い致します。
良いお年をお迎えください。

2014年12月29日 倉田文裕
 

Nuovo anno 「2014年」

皆様、あけましておめでとうございます。
昨年末にConclusione 「2013年を振り返って」というタイトルで2013年を振り返ったばかりですが、あっと言う間に年は明け2014年になってしまいました。
昨年は本当に色々な事があり、良くも悪くも僕の32年間の人生の中で最も印象的な一年でした。
 image_1361086727089264
(新春のお慶びを申し上げます。昨年中は何かとお世話になり有難うございました。本年も宜しくお願い申し上げます)

今年は昨年とは違い生活の拠点が群馬県のみなかみ町ではなく神奈川県川崎市にあるので、カッパCLUBが苗場スキー場で開催している「スノーモービル」のツアーに関わっていませんが、今シーズンも2013年12月21日から2014年3月30日まで毎日開催していますので、お子様からご年配の方まで、男性の方も女性の方も是非苗場スキー場に遊びに来ていただければと思います。
また、カッパCLUBでは苗場スキー場の「スノーモービル」以外にも、「スノーシュー」のツアーや、スイス生まれの新しいウィンタースポーツ「エアーボード」のツアー、雪山を自分の足で登り、滑る「バックカントリー」のツアーも行っておりますので、冬のカッパCLUBに是非遊びに来てください。
snowraft
(昨年も大好評だったスノーラフティング。お子様からご年配の方まで気軽に楽しめるお勧めのアクティビティーです)

昨年は5月に「新緑の奥武蔵もろやまトレイルラン」と「飯能アルプス~奥武蔵丸山スーパートレイルラン」、少し空いて8月に「美ヶ原トレイルラン&ウォーク in ながわ」、9月に「裏磐梯山岳耐久レース」、そして10月に「日本山岳耐久レース 長谷川恒男CUP」と計5つのレースに出場しましたが、今年は4月の「STY (SHIZUOKA To YAMANASHI)」にエントリーしている以外はまだ白紙で、これからスケジュール等と相談しながら決めていきたいなと思っています。
sty_map
(「STY」コースマップ。いつの日か憧れの「UTMF」に挑戦する為、まずこの「STY」をしっかりと完走したいと思います)

ただ、「日本山岳耐久レース 長谷川恒男CUP」は昨年途中リタイヤという非常に情けない結果で終わっているので、今年は是が非でも納得のいく形で完走をし、リベンジをしなければならないと思っています。
また、「裏磐梯山岳耐久レース」も大好きなレースの一つなので、今年も出場出来ればいいなと思っています。
2013 日本山岳耐久レース②
(昨年のハセツネは途中リタイヤという最悪の結果でした。今年は納得のいく内容でゴールまで走りたいと思います)

今年は生活の拠点と環境が変わり、今まで以上にトレーニングに割く時間を確保するというのが難しくなると思いますが、僕は結果を残さなければ生きていけないプロランナーではありませんので、仕事、家庭、趣味(トレイルランニング)のバランスをしっかりと考えながら、その中で効率よくトレーニングを行い、自分の納得のいく走りが出来れば良いかなと思います。
仕事も家庭も趣味も今まで通り「Passo a passo(一歩一歩)」で、焦らず少しずつ成長していきたいと思います。
皆様、今年もわたくし倉田文裕と私のブログ「Passo a passo 一歩一歩」を何卒宜しくお願い致します。

2014年1月3日 倉田文裕

Conclusione 「2013年を振り返って」

今年、2013年は僕にとって非常に浮き沈みの大きい激動の一年となりました。
全ては3月初旬に自分の不注意により左手首の骨にヒビが入るケガ(左橈骨遠位端骨折)をしてしまった事から始まるのですが、その後も仕事面でも、生活面でも沢山の出来事があり、トレーニングもレース結果も非常にむらのある一年であったなと思います。
今年、僕が最も多くの時間を割いたは「スノーカントリートレイル」の準備だったのですが、8月3日のスルーハイクイベントのスタートに向け、数ヶ月前から多くの時間をこの事に費やし、6月中旬から8月の中旬にかけての約2か月間はブログを書く暇もない状態で、オープニングイベントの一週間くらい前からは久しぶりに“寝る間を惜しんでの生活”というモノを味わいました。
9月に入りようやく少し落ち着き、少しずつトレーニングが出来るようになってきましたが、たかだか1ヶ月程度の準備で通用するほど今のトレイルランニングの世界は甘くなく、当然の事ながら10月のレースでは苦汁をなめる結果となってしまいました。
ただ、どんな結果に終わっても、出場したレースから得るもの、今後に活かすべきものが必ずあると思うので、今年も年始に決めた「目標」に対して結果はどうだったのか、また、「内容」はどうだったのかを順を追って振り返ってみたいと思います。


第2回 新緑の奥武蔵もろやまトレイルラン 目標:5位以内 結果:5位

日時 2013年5月11日(土)
種目 20.5km男子18歳~39歳
タイム 1:52’09
順位 5位

P1030026
(優勝に絡む事も出来ず平凡な順位でのゴールでしたが、無事にゴール出来た事にホッとし自然と笑顔になりました)

今年のレース初戦は、3月のアタマにケガをして、4月18日にようやくギブスが取れ、まだリハビリに通っている状態で臨んだレースだったので、レースの一週間前まで、出場しようかどうしようか正直迷っていました。
ただ、昨年11月のレース以降半年近くレースに出ていなかったので、レース勘を取り戻すという事を最大の目的にして、結果は気にせずこのレースに出場する事を決めました。
まだ左手首はリハビリの最中で、転んで手を着く訳にはいかなかったので、下りは特に慎重に走る必要があり、結果は5位という平凡なものになってしまいましたが、半年ぶりのレース、そしてケガをして初のレースを何事もなく、無事に完走出来た事にホッとしました。


☆ 第1回 飯能アルプス~奥武蔵丸山スーパートレイルラン 目標:3位以内 結果:2位

日時 2012年5月26日(日)
種目 37km男子18歳~39歳
タイム 4:48’07
順位 2位
男子順位 2位
総合順位 2位

P1030249
全長37kmのコースの83.24%がトレイルという素晴らしいコースを堪能して大満足でゴールまで帰ってきました)

今シーズン2戦目は初戦の「第2回新緑の奥武蔵もろやまトレイルラン」から中2週、「第1回飯能アルプス~奥武蔵丸山スーパートレイルラン」に出場しました。
このレースはスタート直後とゴール手前の舗装路以外はほぼトレイルで、全長37kmのコースの83.24%がトレイルという「これぞトレイルランニング」という感じの素晴らしいコースでした。
レースは序盤で2位まで順位を上げ、自ら潰れる事がない様、無理の無いペースで進めました。
トップとの差は、大高山でも、伊豆ヶ岳でも、丸山でも約3分で縮まらず、最後は更に差を広げられてしまい、最後まで追いつく事が出来ませんでした。
このレース前、トレーニングで走っていても手応えがなく、どうしたらケガをする前の自分を取り戻せるのかと本気で悩んでいましたが、このレースを走る事で吹っ切れました。
久しぶりにトレイルらしいトレイルを走り切れたという満足感もあり、順位はあまり気になりませんでした。


☆ 第3回 美ヶ原トレイルラン&ウォーク in ながわ 目標:1位 結果:10位

日時 2013年8月31日(土)
種目 70kmの部
タイム 9:39’48
総合順位 10位
男女別順位 10位
年代別順位 4位

P1030663
 (結果も内容も散々で、良い所を探す方が難しいレースでしたが、何とか完走という最低限の目標は果たせました)

5月に2つのレースに出場し、その後、このレースを前に6月に2レース、7月に1レースに出場を予定していましたが、8月3日にオープニングイベントを行った「スノーカントリートレイル」の準備等が忙しく、出場が出来ず、約3ヵ月ぶりのレースとなってしまいました。
「美ヶ原トレイルラン&ウォーク in ながわ」は今年で3回目の出場で、昨年、一昨年と2位という結果だったので、年始にたてた今年のこのレースの目標は優勝でしたが、3月のケガから5月の2つのレースを経て、少しずつ勘と身体が戻ってきたところで、またトレーニング不足に陥ってしまい、到底優勝など狙える状態ではなかったので、完走する事を目標にこのレースに出場しました。
ゴールタイムは昨年のそれよりも約1時間遅く、良い所を探す方が難しいレースで、ここ数年のレースの中で最も情けなさを感じるレースとなってしまいましたが、唯一悪くないと思った点は完走する事が出来たという事だと思います。


☆ 裏磐梯山岳耐久レース2013 目標:1位 結果:1位

日時 2013年9月28日(土)
種目 男子ショート21.4km
タイム 2:10’27
男子順位 1位
総合順位 1位

P1030897
(今年もスタッフの皆様のお陰で気持ち良く走る事が出来ました。レースに携わった全ての皆様に感謝申し上げます)

昨年までこのレースは11月のアタマに開催されていたので、ハセツネの後にシーズンの締めとして出場していましたが、今年は9月の終わり、ハセツネの2週間前の開催だったので、調整と言う位置づけで出場しました。
今年はロングコース(68.9km)とショートコース(21.4km)の2つの距離を選べたのですが、2週間後に70km超のレース控えている中、68.9kmの距離を走る事に不安があったので、21.4kmのショートコースの方に出場する事にしました。
このレースでは「今の自分の状態を知る為に脚と心臓をいじめる」というテーマを掲げ、とにかく最初から最後まで出来るだけトバすという事を意識しました。
レースを振り返ると、70kmのレースを戦える身体ではないなという感触で、脚も心臓も昨年の自分より弱いと感じました。
ただ、こればっかりは数ヶ月のトレーニングの積み重ねで強くしていくもので、1週間やそこらで何とかなるものではないので、ハセツネは“身体が弱いなら気持ちを強く”という意識で頑張らなければいけないと思いました。


☆ 第21回 日本山岳耐久レース 長谷川恒夫CUP 目標:10位以内 結果:第二関門 DNF

日時 2013年10月13日(日)、14日(祝)
種目 男子総合
タイム 第二関門 DNF
順位 記録なし

2013 日本山岳耐久レース①
(予備関門の入山峠の手前。今熊山へと向かう登りで「対昨年の自分」から「対今の自分」に気持ちを切替えました)

今回でハセツネは7回目の出場でしたが、初めて途中棄権という結果に終わり、過去最も不完全燃焼なレースになってしまいましたが、正直、この時の自分にピッタリの結果が出て良かったと思いました。
とにかく完全なトレーニング不足で、70kmを戦える身体ではない事は自分でも良くわかっていたので、変に中途半端な結果を残して、勘違いをしてしまうよりは、よっぽど良かったのではないかと思います。
レース前は何の手応えもないスカスカの状態でしたが、レース後には、今の自分に根本的に足りないモノ、それを得るためにこれからやるべき事、それを得た先に見えてくるモノ、それがハッキリとわかったので、非常に得るモノの大きい、とても価値のあるレースになったと思っています。


こうして振り返ると8月末の「美ヶ原トレイルラン&ウォーク in ながわ」と10月の「日本山岳耐久レース」以外は目標の順位以内でゴールする事ができ、そこまで悪くないように思われますが、僕としてはこの2つのレースでこそ結果が欲しかったので、合格点を与えるには程遠い内容であったなと思います。
こうなってしまった原因は「トレーニング不足」と非常に単純で、そういう状況に陥ってしまった自分に全ての責任があるのですが、自分の納得のいくトレーニングが出来ていて、持っている力を全て出し切れた時には、結果がどうであれ「良いレースでした」と言えると思うので、来年はそう言えるように頑張りたいと思います。
また、「頑張る」という意味では、僕がみなかみ町に来て以来ずっとお世話になっていたカッパCLUBの前代表取締役社長小橋研二さんが、何の恩返しも出来ないまま今年の10月28日に急逝されました。
僕は恩人である小橋研二さんに、アドベンチャーレーサーとしても、トレイルランナーとしても、リバーガイドとしても、何の恩返しも出来ていないので、これからどんな形でも良いので、少しずつ恩返しが出来るように頑張っていきたいと思います。
98
                                                      (photo by Koichi Miyagami)

最後に一つ報告させていただきます。
私、倉田文裕は2011年に「パタゴニアン・エクスペディションレース」を通じて知り合った女性と結婚いたしました。
まだまだ未熟な僕ですが、出来る事を一つずつ積み重ねていき、少しずつ成長していきたいと思いますので、これからも変わらぬおつき合い、ご指導を宜しくお願い致します。

2013年12月30日 倉田文裕

Giocatore di calcio 「プロサッカー選手」

僕の住んでいる群馬県のみなかみ町にはトレイルランナーの横山峰弘さんやアドベンチャーレーサーの田中正人さんなど沢山のプロアスリートが住んでいますが、野球やサッカーのようなスポーツのプロアスリートには中々お目にかかれません。
なので、テレビでJリーグの試合が放映されていると生で観戦してみたいなと思う訳ですが、先日運よくJリーグ第7節「川崎フロンターレVSベガルタ仙台」の試合を観戦出来る機会をいただき、「川崎フロンターレ」のホームスタジアム「等々力陸上競技場」まで行ってきました。
P1020069
(川崎フロンターレの大久保嘉人選手が4点目を決めた瞬間、川崎サポーターのボルテージも最高潮に達しました)

僕自身、小学校、中学校とサッカーをやっていたので、生でプロサッカーの試合を観るのは初めてではありませんでしたが、前回いつ観たのが思い出せないくらい久しぶりだったので、スタジアムに到着する前からワクワクしていました。
当日は生憎の空模様で、とても肌寒く、正直行くか行かないかを迷う位でしたが、全部でなくても前後半のどちらかでも観ようと思いスタジアムへと向かいました。
P1020048
(アウェイのベガルタ仙台サポーター。残念がら試合には敗れてしまいましたが応援では全く引けをとりませんでした)

スタジアムに到着した時、丁度ハーフタイムで、これから後半が始まるという所でした。
生憎の天気にも関わらず、スタジアムには沢山のサポーターが詰めかけていて、席は全く空いていない状態だったので、僕はバックスタンドの最上段で立って観戦をしました。
P1020093
(柳沢敦選手のプレーも楽しみの一つでしたが、ハーフタイムでの交代で生のプレーを見る事は出来ませんでした)

「等々力陸上競技場」は「川崎フロンターレ」のホームスタジアムなので、サポーターの数は8:2か9:1くらいの割合で圧倒的に「川崎フロンターレ」のサポーターの方が多かったのですが、アウェイの「ベガルタ仙台」のサポーターの応援もとても熱狂的ですごい迫力でした。
P1020128
(最も印象的だったのが大久保嘉人選手。「これぞアスリート」という身体で、キレのある鋭い動きを見せていました)

試合は前半で川崎フロンターレが3点を奪い3-0で前半が終了、後半開始直後にベガルタ仙台が1点を返しましたが、川崎フロンターレの大久保嘉人選手がゴールを決め4-1、その後ベガルタ仙台も1点を返しましたが、4-2で川崎フロンターレが勝利しました。
P1020087
 (川崎フロンターレの稲本潤一選手。今年34歳になる稲本選手ですが、まだまだ現役バリバリのアスリートです)

Jリーグ開幕当時、僕は小学生で、その頃はJリーグチップスのカードを集めたりして選手の名前と顔がバッチシ一致したのですが、今となっては知らない選手の方が多く、とても疎くなってしまったので、またJリーグチップスを買って勉強しなければと思いました。
ただ、そんな中、柳沢敦選手や稲本潤一選手、大久保嘉人選手といった同年代のベテラン選手が今なお活躍している姿を見てとても嬉しくなりました。
P1020149
(日本サッカー界の頂点Jリーグでプレーをするトップアスリート達。プロとプロの意地がぶつかり合ういい試合でした)

久しぶりにJリーグの試合を観に来て感じた事はやっぱりサポーターあってのJリーグなんだなという事でした。
そのチーム、その地域によって温度差や特色の違いはあるかもしれませんが、地元のチームや自分の好きな選手が所属するチームを応援しようするサポーターの皆さんのその姿勢はとても愛に満ちていて凄いパワーを感じました。
サポーターの皆さんの存在なくしてプロのサッカーリーグはもちろん、プロのサッカーチーム、プロのサッカー選手という存在自体が成立し得ない訳で、選手はその応援に応えるために全身全霊のプレーをし、結果が出たらサポーターの皆さんとその喜びを共有するという事が非常に大事なのだと感じました。
またJリーグはそうやって地元に根付いたチーム作りをする事で、地元の愛に支えられてここまで成長してきたのだと思いました。
P1020150
(両チーム合わせて6ゴールが生まれたこの日の試合。後半だけでも3ゴールと非常に見ごたえのある試合でした)

以前、ある有名プロサッカー選手が「プロになる事よりもプロであり続ける事の方が大変だ」と言っていました。
プロである以上、常に結果が求められているので、プロであり続ける為には常に結果を出し続けなければなりませんが、24時間365日その道のプロであり続けるという事はそう簡単な事ではありません。
ただ、選ばれし者が集まったプロのサッカーリーグで生き残っていく為には「自分はプロである」という意識がより強くないと生き残っていけないのかなと思いました。
P1020167
(川崎はホームで今シーズン初勝利。試合後はご覧のような喜びよう。チームの絆みたいなものを感じる瞬間でした)

僕自身はプロのサッカー選手でもなければ、プロのトレイルランナーでもないので、24時間365日競技に集中した生活を送るというのは不可能ですが、競技で少しでも良い結果が得られるように気持ちだけでも「プロ」でありたいな思います。
今回、久しぶりにJリーグ観戦をして色んな意味で良い刺激をもらいました。
サッカー以外にも野球や相撲、テニスなど、まだまだ生で観てみたいスポーツが沢山あるので、これからも色んなスポーツから色んな刺激をもらって自分のモチベーションを上げていきたいと思います。

2013年4月29日 倉田文裕

Ferito 「ケガの意味」

前回、「COLUMBIA LONG TRAIL “Snow Country Trail”」の所でも書きましたが、ツアーの数日前に自分の不注意により手と顔をケガをしてしまいました。
アウトドアで生きている人間としては、ケガは付き物だと思うのですが、それでもその多くは原因を探っていけば“防ぐ事が出来た”とか、“しなくても済んだ”という結果に行き着くモノばかりじゃないかと思います。
 CIMG2528
(左橈骨遠位端骨折に顔面切創。この言葉だけ聞くと凄いケガのように聞こえると思いますが、僕はすこぶる元気です)

ただ、例外はあって、1分1秒、もっと言えば、0.1秒を争う世界で生きているアスリートは限界ギリギリ、もしくは限界を超えた所で勝負しているので、その分ケガへのリスクも高まり、常に「ケガ」と「結果」、紙一重の所にいると思います。
身体が資本(命)であるアスリートにとっては、文字通り“命を懸けて”戦っている訳で、結果を求めて追い込んだ末のケガならば致し方ないと僕は思います。
しかし、今回の僕のケガはトレーニング中のケガでもなければ、レース中のケガでもなく、一競技者の自分としては大変不本意なケガだったので、トレーニングを休まざるを得ない今の状況がもどかしくてなりません。
今回のケガで、僕は左手首の骨にヒビが入り、顔を2箇所切って4針縫いましたが、幸い、どちらのケガも大した事なく、手術が必要とか、今後の競技人生に影響があるといったものではありませんでした。
 CIMG0419
(昨年の今頃、雪解け前の三国街道を試走していました。今年は雪解けが早く、ここまで雪が残っていないと思います)

ケガをして最初の数日間は「なんでケガをしてしまったのか」、その事ばかり考えていました。
しかし、その後は「このケガの意味ってなんだろう」、「このケガは僕に何を教えようとしているんだろう」という事を考えるようになりました。
今から3年前、僕がカッパCLUBに来て2年目の春、ラフティングのトレーニング中にボートから落ち、左膝の内側側副靭帯を損傷した時も、「なんでケガをしてしまったのか」という事を考えましたが、「このケガの意味は何だろう」、「このケガは僕に何を教えようとしているんだろう」とは考えませんでした。
それだけトレーニングが出来ないという今のこの状態が“今の僕”にとっては耐え難い事で、だからこそ今回のケガについて“原因”だけでなく、それ以上の事を考えているのだと思います。
 Rafting20110714pmkura
(3年前に川でケガをした時も「何でケガをしたのか」という事を考えましたが、今回はより深くケガについて考えました)

手首のケガについては、特に傷跡も何も残らないと思いますが、顔の傷については、多少なりとも跡が残ると思います。
しかし、その傷跡さえも「今回の事を忘れるな」という“このケガの意味”ではないかと思いますし、「今のこのトレーニングが出来ない歯痒い日々を忘れるな」という意味で顔に刻まれたある意味“刻印”なのではないかと思います。
今回のこのケガ自体についても、3年前のケガから学んだ事を忘れかけている僕に対して、「大事な事だから忘れるな」という意味でお灸を据えられたのではないかと思います。
春ももうすぐそこまで来ていて、外で気持ち良く走れるようになってきたこの時期に、「色んな事を学べたしケガをして良かった」とは微塵も思いませんが、ケガをしてしまったという事実は、もう誰にも覆す事の出来ない事実なので、このケガを意味のあるものにする為に、ケガが治った時、人として、競技者として、少しでも成長していなければならないなと思っています。
334_large
(昨年の5月に出場したレースに今年も出場する予定です。万全の状態でレースに臨めるよう努力したいと思います)

今回のこのケガでご迷惑をおかけし、ご心配をおかけした皆様には本当に申し訳なく思っております。
僕自身、ケガはしてしまいましたが、とても元気で、もう少しすれば少しずつ身体を動かす事も出来るようになると思います。
5月には昨年も出場したトレイルランニングのレースにも出場する予定なので、万全の状態でその日を迎えられるようPasso a passo(一歩一歩)頑張りたいと思います。

2013年3月22日 倉田文裕

livedoor プロフィール
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ